書籍
□赤薔薇<レッドローズ>
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そこは、遮るものが何もない海の上だった。
いや、正確には海に浮かぶ船の上。
空には白い雲があり、波は比較的穏やかだった。
ただ、太陽があまりにも眩しくて、視界が悪い。
「目が覚めたか」
甲板の日陰に放置されていたらしい勾陣の前に、一人の男が立ち、太陽を遮った。
「お前は…?」
気を失う前の記憶と照らし合わせてみても、この男のことは知らなかった。
「俺は…、そうだな。この船の船長だ」
「…そうか。で、何で私はここに?」
勾陣は大陸から離れた小さな島に暮らしていた。しかし先日、野蛮な海賊に襲われ、島は荒らされ、何人かは海賊に拐われた。そして、記憶が間違っていなければ勾陣もだ。
しかし、島を襲った海賊の中にこの男は居なかった。
「今しがた“青薔薇<ブルーローズ>”がらみの船を襲ったらお前がいた。それだけだ」
「紅蓮!!」
奥からパタパタと駆けてきたのは、まだ小さな女の子だった。
「どうした?太陰」
太陰と呼ばれた子は、紅蓮の服の裾を引っ張って中へ入るよう促す。
「風が変わったわ。もうすぐ嵐になるわよ」
「そうか。分かった」
紅蓮は、未だ立ち上がることの出来ない勾陣を肩に担ぐ。
「おい!何をするっ。離せ!!」
「離してもいいが、落ちるぞ?」
「そう言うことじゃない!誰が海賊の世話になどなるか!」
「話を聞いてなかったの?もうすぐ嵐よ?」
ぐっ…、と声が詰まる。嵐にあうのは御免だ。しかし、世話にもなりたくない。
「…自分で歩ける」
それが最大の譲歩だった。
その言葉を聞いて、あっさりと紅蓮は手を離した。
「太陰、部屋に連れていってやれ。俺は太裳のとこに行く」
「分かった。着いてきて」
太陰に着いて、船の中へ入る。甲板だけでも充分に広かったが、中はもっと広かった。
「なぁ」
前を歩く小さな少女に問いかける。
「何故私はここに居るんだ?」
「紅蓮が拾ってきたのよ」
「何故?」
「知らないわよ。でも、私もそうよ。あの人に拾われたの」
だから私はここに居るし、あの人のために何でもやるわ。そう言い切った少女の目は真剣だった。
「それに、見た目は怖いけど、優しいのよ」
「…そうか」
それは、何となく分かった。紅蓮が太陰を見る目は、とても優しさが溢れていた。例えるなら、娘を見守る父親のような。
「ここが貴女の部屋よ。この船を降りることをしなければ、大抵は自由よ」
「降りるとは、陸に戻ると言うことか?」
「えぇ。そんなこと言おうものなら、速攻で鮫の餌ね。たまに居るのよ。そう言う馬鹿が」
太陰は可笑しそうに笑った。
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