書音
□敵は彼女の執事様
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紅稀家執事、太裳は若いなりに才能があり一人娘である勾陣のお世話をしていた。
「お嬢様、帰りました。太裳です」
扉越しに声をかければ、部屋の主から、返答があった。
「おかえり太裳」
部屋に入ると、太裳は持っていた包みを丸いテーブルの上に置いた。
「今日はお嬢様の好きなパンですよ」
テーブルの上に置かれた包みは、勾陣が買いに行かせたパンだった。
屋敷の近くに、仲の良い夫婦が営むパン屋があり、勾陣はそこのパンが好きだった。
勾陣はパンを一つ手に取ると、口に運んだ。
「六合の奴、また腕をあげたか?」
「今日のは少し材料を変えたようですよ」
にこにこと人の良い笑みを浮かべ、太裳はパン屋で訊いた話を説明した。
「そうなのか」
それから太裳から外の話を暫く訊いていた勾陣は、席をたった。
太裳が少し嫌そうな顔をして着いてくるが、いつもの事なので黙殺だ。
勾陣が、玄関を開けると同時くらいに、一台のバイクが止まった。
「今日は遅いな。騰蛇」
勾陣の恋人で、新聞配達人である。
どこで知り合って、何で恋人になったのかは長くなるので割愛。
「今日はここが最後だからな」
後部座席の積み荷から、今日の新聞を取り出す。
それを勾陣に渡しながら世間話の体に入りかけた時。
「May I not return to professional life?」
(仕事に戻らなくてよろしいのですか?)
人の良い笑みを浮かべ、太裳は騰蛇を急かす。
敢えて勾陣の苦手なこの国の言葉で。
「You hate me.」
(お前、俺の事嫌いだろ)
騰蛇は片目をすがめて、忌々しげに呟く。
それは太裳に聞こえていたはずなのに、太裳は笑みを顔に貼り付けたままだ。
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