書音
□恋の始まり
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物事の始まりには、必ずきっかけないし、原因があるはずである。
ではそれを、恋に当てはめる事が出来るかというと、かなり微妙だ。
「あ、勾陣!」
日も暮れ始めた教室に残っていた勾陣は、廊下から己れの名を呼ぶ友人の声を訊いた。
「どうした?天后」
「ねぇ、今日一緒に帰らない?」
勾陣の許まで寄って来た天后は、勾陣を見上げて言う。
「今日、か?」
勾陣は考える素振りを見せると、腕時計を見た。
「すまない。もうすぐ終わる」
「そう…、じゃあまた今度ね。彼にもそう言っておいて」
天后は、自分の荷物を持ち直すと踵を返した。
「あぁ待て、昇降口まで一緒に行く」
勾陣は自分の荷物を掴むと、天后の後を追いかけた。
彼とは勾陣の幼馴染みだ。特に部活動をしている訳でもないが、やたらと運動神経が良く、中でも剣の腕が立つことから、現在剣道部に絶賛貸し出し中だ。
昇降口に着くと、長い髪を無造作にくくった長身の人影があった。
「青龍?」
天后が不思議そうに名を呼べば、緩慢な動作で振り向いた。
「帰るぞ」
「え?」
突然の申し出に、天后の頭が着いていかない。
「天后、どうやらアイツはお前と帰りたくて待っていたいらしい」
勾陣の言葉は的確に的を射ていたらしく、青龍は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「…そう、なのですか?」
「煩い喋るな。行くぞ」
青龍は勾陣の横に立ち尽くしす天后の手首を掴むと、歩き出した。
天后の歩幅を無視した歩き方には、かなり腹がたつが照れて頬を染めた青龍を見るのは久しぶりなので、それで許してやった。
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