チェシャ猫と歌う恋のトロイメライ【1】

□act16 ハートの騎士が君に願うこと
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優しく触れられた赤い花に添えられた朝露(あさつゆ)が伝い落ちてゆく。
いつの間にか朝の時間帯に変わっていたようだ。


「バラの甘い匂いってリラックスできるらしいんだぜ」


そう言ってバラを見下ろすエースの瞳に何が映っていたのか、なんてマシロには解からなかった。
注意しろと言われて意識していたが、エースは簡単に自分から目を離してくれた。
この隙に逃げるべきだと判断し、足首を180度捻って立ち去ろうと試みていると……


「君とペーターさんってなんだか似ている」


声をかけられて肩が跳ね上がってしまう。
その拍子に後ろへと下げた足が不自然に止まる。


「……ペーターさん?」


足をきちっと揃えることもできず、さながら蛇に睨まれた蛙の如くその場に体が縫い止められてしまったような感覚のまま、エースを窺う。
バラを見下ろしていたエースの視線がマシロに向けられていた。


「そう。好きな人にだけべたべたしているところとなんでも尽くしたがりところがそっくりだ」


マシロは心境をおくびに出さぬよう、平静を装って果敢に言葉を返す。


「……私とペーターさんが、そっくり、ですか……?」

「ああ。類は友を呼ぶって言うだろう?」

「……そう、ですか?」


怪訝な表情で思考を巡らすマシロに、エースは同情めいた顔で嘆いてみせた。


「違うのか? ははっ、じゃあペーターさんの片思いか。だよなぁ。だと思った」


なにやらひとりで納得するエースは、花の首をぐいッと引き寄せて―――


「あのウサギさん、好きな人と友達の線引きを一緒くたにしているし、全く……我が同僚ながら困ったもんだ」


友情について語り合えないなぁ。
そう爽やかな笑顔が次の瞬間、小さな刺激に色がにじむ。
おもむろに茎から離れた指を目の高さまで持ち上げると、指の腹には小さな小さな血の粒がぷっくりと膨らんでいた。


「ああ、まいったなぁ……ははっ」


落ち込んだ声音で静かに笑うと、再度マシロに向き直って歩み寄る。
警戒心を剥きだしにするマシロの身体はどういうわけか動かない。
あっという間に人の頭3つ分の距離を開けて立ち止まるエースの接近を許してしまう。


「舐めて手当てしてくれよ」


エースは物憂げな顔で患部をマシロの口元へ持って行き、


「猫君のだと思ってさ」


指先だけでマシロの唇をこじ開けて、患部である指を付け根まで口内に押し込んでしまうのだ。
武骨な男の指先に喉奥を小突かれたマシロの口から小さくて短い嗚咽が零れる。





歯をたてたのは苦し紛れな条件反射によるものだった。
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