チェシャ猫と歌う恋のトロイメライ【1】

□act7 ボリスキャット
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「あれ?」


ピンクの前髪が揺れたことで、いつも隠されていた目元が露わになる。


「左目……閉じてたんだ……」

「ん? うん」

「ずっと?」

「そうだよ。知らなかった?」

「知らなかった」


マシロは感心したように言葉を繰り返す。
彼も、ナイトメアと同じ理由で片眼を閉ざしているのだろうか?
ナイトメアの眼帯の下の右目は役割上、常に閉じていると言っていた。
まさかボリスも自分の役割に忠実なのか? とてもそうは見えない。そもそも目蓋を下ろしている理由が本当に役割からくるものなのかマシロは判断に困った。


「私、あなたのこと全然ね」


何も知らない。
なにひとつ知ろうとしなかった。
捻くれた態度で突っぱねて彼を遠ざけようとするばかりで理解することを放棄していた。
今は、それが寂しい。


「ボリスのこと……もっと知りたいな」


半ば独りごちた言葉にボリスは器用に左目だけを瞬かせた。
何事かを聡く汲み取ったボリスは、徐々に色が差す目元のまま、道化を装って冗談を投じる。


「俺の性感帯とか?」

「えっ、と……、……うん、そういうのも」

「わーぉ……マシロってば、おとなしそうな顔して……」

「ふしだら?」

「俺限定なら許すよ」

「ふふ……許されちゃった。嬉しい」


心の底から嬉しいと思った。
誰に対しても許しを乞い、謝って、そして許されることもなかったのだから。
だがボリスは、自分を置き去りにした女を許してくれたのだ。
それだけでマシロは救われた。


「教えて。ボリスのこと。あなたの好きなもの。銃の話しでもいいの」


マシロのその発言にボリスは素っ頓狂な声をあげてしまう。


「ま、マジ!? あんたが銃の話しに喰いつくなんてっ……あん時滅茶苦茶ビビッてたのに!」

「……銃を好きになったわけじゃないよ? 専門用語とかは分からないから、分かりやすくレクチャーしてくれたら嬉しい」

「……俺って愛されてる!」


感激と言わんばかりのその台詞に胸がずきりと痛む。
そんな僅かな負い目を隅に追いやったのは一瞬後だったが……。


求め合いでいいと言ったのは……受け入れてくれたのは他でもないボリスだ。何を引け目に感じる必要があるのか。
後ろめたさから目を背け、何事もなかったようにボリスと目を合わせる。
知らずのうちに口元が綻ぶ。この胸の高鳴りはなんだろうか。


「私……また″あなた″に逢えてよかった」

「俺も。マシロにまた逢えて嬉しいよ」


きっと細部では異なる思いだけれど、邂逅を果たせた喜びは同じものだ。
離れてしまって初めてわかる互いの存在の重さ。
逢うたびに、話すたびに焦がれるのはどちらであったか……。



巡り逢えた奇跡に感謝して―――










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(2016/02/23)
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