チェシャ猫と歌う恋のトロイメライ【1】
□act7 ボリスキャット
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「三度に渡って招かれるとは……平凡で退屈なお嬢さんかと思えばなかなか奇天烈なことをしてくれる」
「そうですね。私もそう思います」
「君は実に面白いな」
よほど時空旅行に縁があるのだろうな。マシロは思った。
この時点で、ブラッドとの会話が微妙に噛み合っていないことにマシロは気付いた様子はない。
エリオットが「三度?」と不思議そうに眉を寄せたところでブラッドからの閑話休題である。
「ひとつ、いいことを教えてあげよう」
「はい。なんでしょうか?」
「このワンダーワールドは選択した分だけの世界がある」
「……選択した分だけ?」
「解りやすく言えば……お嬢さんが元の世界に帰らず、この世界に留まって彼と共に居たかもしれない世界も在ると言うことだよ」
「……えっと、あの?」
「ん? 理解できないかね?」
「すみません……」
「頭悪ィな、おまえ」
「す、すみません……」
「俺がおまえをぶっ殺していたかもしれない世界がどっかにあるってことだよ」
「な、なるほど……」
「……おめえ、本当に分かってんのか?」
「は、はい。一応は……」
エリオットにすごまれたマシロは動揺をおくびに出さないようにして頷く。
「この選択肢を選んでいたら違っていたかもしれない現実」から転じて、「もしこうだったらどなっていたか」という発想だろうか?
こういう理論をなんと言ったっけと頭を悩ませているマシロに対し、ブラッドは「分岐した世界の数だけ、私たちと同じような人間がいる」と言葉を添えた。
マシロは瞳を瞬かせてブラッドの言葉をひろう。
「分かるんですか?」
「私には分かる」
「同じ人間がいるって意識しているんですか?」
「ああ」
「同じ人間……それは、スペアが利かないとは言い難くなりましたね……」
「だろう?」
単に原動力となる時計を直せば蘇る、だけでは留まらない理由があったとは……マシロは素直に感心してしまった。
彼ら彼女らが総じて命の扱いに薄く、「替わりが利くから」と口々に豪語するのは事実であったのだから。自虐でも悲観でもなかったのだ。
マシロは押し黙ってしまう。
皮肉な彼の笑顔が脳裏に浮かんだ。
『あんたのこと……違う時間の俺にだって渡したくない』
嗚呼、そうか。そうだったのか。
あの言葉の意味を、ようやく理解できた。
何処か別の次元にいるかもしれない自分自身でさえ嫉妬の対象とは、なかなか出来ることじゃない。
「どこかの世界では、私はアリスに手を出していたかもしれないし、マシロを手にかけていたかもしれない」
どこかに在り得たかもしれない世界には情に厚く、激情家な私がいたかも、と相変わらず気怠そうに言うものだからマシロは思い悩んでしまった。