チェシャ猫と歌う恋のトロイメライ【1】

□act5 ■■は迷わない
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「ちっ、逃がしたね……」

「お姉さーん、どこいったのー?」


戸が取り付けられていた木々の間をかきわけながら"ブラッディ・ツインズ"は獲物の探索をしていた。
生い茂る草の中で、遠のいてゆくステレオボイスに息をひそめながら口を覆うマシロの緊張は解けない。


「何をしてるんだ、マシロ?」

「―――ッ!?」


それが不幸中の幸いとも言うべきか、いつの間にか隣で膝をつく騎士の声に対して悲鳴を上げずにいられた。

まるで信じられないものを見るように見開いた瞳で凝視してしまう。肉塊の心臓が止まりそうだ。
エースはにこにこ笑みを浮かべてから口を開いた。


「……隠れんぼ?」

「……加えて鬼ごっこです」

「楽しそうだなぁ」

「楽しくないです」

「俺も混ぜてくれよ」

「勘弁してください……」


長い、長い長い息をつく。


「溜息つくとさ、幸せが逃げるんだぜ」

「今のはホッと一息ついただけです」


項垂れてから、気のない視線を上げる。
何気なくドアのひとつを見ていると……


「聞こえる?」


エースがそう問いかけるのだった。
主語が不明慮なその問いにマシロは首を傾げた。


「何がですか?」

「ドアの声」

「ドアの声?」

「うん」


この騎士にしては薄い笑みのまま頷かれても、森のざわめき以外は静かであるのだが……。
エースが感心した様子でひとりごちた。


「ふぅん……聞こえない、か」

「いったい何が聞こえるって言うんですか」

「おいで開けてって囁くんだ」

「ドアが、ですか?」

「そう」

「エースさんには聞こえるんですか?」

「マシロはどう思う?」


逆に質問を返されたが、マシロは大層興味なさげに知りませんと一蹴するのだった。
するとエースが何事かを考えている仕草から笑みを深くする。
どうせ心から笑っていないんだろうな、と思いつつ、相変わらずマイナスイオンを発散しているその顔が破顔した。
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