チェシャ猫と歌う恋のトロイメライ【1】

□act2 扉の向こう側は時間の国
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「遊園地? 遊園地ってオーナーさんの? 遊園地は引っ越したよ?」


弾かれたの。

そう言いながらも相変わらず唇を押し付けようとするのをやめない。
マシロも負けられないでいた。


「ぐぎぎッ……、ちょっと、何言ってるか、分かるように……! ちょっ、いい加減にしてったら!」



全力で押しのける頃には息があがっていた。
ピアスは頬を摩りながら至極残念そうだった。


「わかるようにって?」


まるで分からないと言った口調だ。頭が悪いのか。



「あのね、私は遊園地に人を探しに……」

「だからね、遊園地はクローバーの国から弾かれたの」



聞きなれないその単語にマシロは眼を瞬かせた。


「……えっと、あの……よく分からないのだけれど……」



いい知れぬ不安感に身構える。
クローバーの国って? 異国? 異世界の異国?
違う国に来てしまったの?


宝石のような黒い瞳が揺れる。
震える唇に叱咤しながら単語を紡いでゆく。


「遊園地の人達、は……?」

「見かけないから弾かれたんじゃないのかな?」


あっけらかんとした口振りは本当にけろっとしていて、マシロの心中など汲み取ることはできないだろう。
彼の言っていることは、やはり意味が分からなかったけれど、ここがハートの国ではないことは分かった。
無論、遊園地も存在しない。
何かに頭が殴られるような感覚とともに足下が崩れ去る錯覚を覚えた。



視界がかすむ。
緑色の景色がにじむ。
ピンク色の幻影がぼやける。
涙が溢れかえった。


「マシロ!? マシロ、どうしたの!?」

「うぅ……うっ……」

「ちゅう!? ちゅうする? ちゅうする?」

「ふあっ……うぅっ、そんな……なん、で……どうしてぇ……?」

「どこか痛いの? 泣かないで、泣かないでっ」

「だって……ひっぐ……。だってだってぇ……!」



涙なんて枯れるくらい慟哭したのに。
こんなに溢れてしまうのは久しぶりだ。
肩が震えて止まらない。


――あなたがいない。


――ここにはいない。



大粒の涙は頬に伝わらず、そのまま青い大地に吸い込まれる。それさえ、見えない。
もう何も見えない。


「ひっく……、あえると、おもっ、たのに……わたし、バカだからッ、どうして、あのとき……も、との、せか……」



ピアスはマシロの濁音交混じりの言葉が理解できないようで首を傾げていた。
それでも彼なりに真摯に聞いていると、ついにマシロは声を張り上げて泣き叫ぶのだった。


「うわあああぁぁぁ、ボリスさん……ボリスさぁん……! うわあああぁぁぁん!」

「ボッ、ボリスぅ!?」



泣き崩れるマシロの傍らで、その可愛らしい顔を引きつらせるピアスが途端に慌てふためきだす。
その頃にはもうマシロになりふり構っている余裕もないようで、泣き声がいつまでも森を駆け巡るのだった。
―――枝を踏みしめる小さな音をめざとく拾ったピアスが、油の切れた機械のような錆びた音を立てながらそちらを見やる。


「みーつけた。ここにいたのかよ、ピアスー。泣きわめいて逃げ回っているかと思えば……いったい誰が泣いて……」



涙目の若葉色の瞳に映るのはどこかシニックな色で彩られた蜂蜜色の輝き。
だが見開いたそれがピアスを映すことはなく、地べたで喚く小柄の細い影を捉えて離さなかった。


「あ、あんたは……」



その癖のある甘やかな声がマシロの耳朶には心地よく響いた。
蜃気楼のように揺らめく視線は何も捉えることはなく、けれど顔をあげて確認せずにはいられなかった。
息を呑んだのは誰であったか。


「―――ッ!」



彼は名を呼び叫んで駆け寄った。










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(2016/01/15)(次のページは夢主の設定とあとがき)
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