チェシャ猫と歌う恋のトロイメライ【1】
□act2 扉の向こう側は時間の国
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「俺はピアス。ピアス=ヴィリエだよ。君は?」
追手を恐れる少年――ピアスと、ピアスと追手の抗争を恐れるマシロは、誰かが提案したわけでもないのにのろのろと森の中を歩いていた。
「なまえ、なまえ♪ 君の名前おしえておしえて」
「マシロ」
短く名乗るとピアスは大層嬉しそうにはしゃいだ。
「マシロ? マシロって言うの? 可愛い名前だねっ♪ マシロ〜、マシロマシロマシロ……マシロ?」
何度か名前を呼んでいると、ふとピアスの足が止まった。
なんだろう、とマシロも足を止めて顧みる。
ピアスは何やら考え込んでいるようだった。
「どうしたの? ピアス君」
「うーんと……うんと……」
「…………」
真剣なその様子にマシロは仕方ないな、待ってあげようと思った。
適当な木の根元に近づき、腰を下ろす。
裸足で森を歩いたので足が痛かった。
患部を摩っていると途端に赤い光が差す。見上げると空は黄昏ていた。
(ああ、本当に帰ってこれた……)
今日何度目か分からない安堵に胸を撫で下ろすと今度は影が覆った。
夜の時間帯がやってきたのかと思い、再び空を仰ぐと……
「ッ!?」
なんと、夕焼けを背後に空を泳ぐクジラの腹が視界を遮っているではないか。
マシロは声にならない悲鳴をあげた。
「なっ……なに!?」
「わぁ、森クジラだ。大きいね」
「森にクジラ……!?」ぽかんと口を開けて愕然としてしまう。
「クジラとちゅうってしたいよね?」と何やら口走るピアスが、ふとマシロに駆け寄ると膝をついて視線を合わせてきたではないか。
「もしかしたらちゅうしたら分かるかも?」
「ちゅ……? なんて言ったの?」
「ちゅうちゅうー。マシロとちゅうー」
「ちょっ……!」
突如として迫りつつあるあどけない顔の肉を広げるように押し返す。
だがピアスもめげず、押し返す力を押し返すように迎える。
「や、やだ……! ピアス君ッ、困るってば……!」
「困る? 困るの? なんでなんで?」
「ッ……、あなたと私はそういう仲じゃないでしょ!?」
「よくわかんない」
「とにかく! そんなことするならもうこれっきり! ひとりで町に行くからもういいよ……それから遊園地に向かうから」
そこまで言って、ああそういえば会合とやらで町にいるのだったなと思い返す。
ピアスが両の頬肉を引き延ばされながらマシロの言葉を拾った。