チェシャ猫と愛に生きるトロイメライ【2】
□act9 ヤキモチ
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劇場が暗闇に沈んでからかれこれ一時間くらい経った頃だ。
自分の足元さえ見えないほど沈殿する闇。
それでも唯ひとつ。唯ひとつだけ。
前方で展開されるスクリーンが唯一の光だった。
上映中は静かだ。
けたたましい銃声もしなければスーパーヒーローが出てきて華麗なアクションでモンスターを一掃する盛り上がりもなく、映画の登場人物もここにいる来場客も静かそのもので。
けれど、背後に何かいるのではないかという不確かな気配がじっとりと迫ってくる。
「ね、ねえ、マシロ……なんか後ろのあれさ、後ろのあれなんだけど天井窓が開いてるよね……」
正面を向いたこの映画のヒロインが物語の真相を探しているその背後でゆっくり開かれる天井窓。
一寸先は薄暗いのにそこから窓を押す白い指はやたら鮮明で……。
「ね、ねえマシロ! あれちょっとやべぇって! 真っ白い顔のガキが! ああ窓に窓に!」
「ボリスうるさい」
「サヤコ! 後ろ、後ろ!」
俺は必死になってヒロインの名前を呼んだ。
願いが届いたのかサヤコは振り向く。
おもむろに、恐る恐ると言った風に振り向けば……。
俺は汗ばむ手をぎゅっと握りしめる。
「えっ……」
だけど、俺が思ったようにはならなかった。
ヒロインが天井窓を恐怖の眼差しで見つめる。
窓は少し空いているもののそこには誰もいなかった。
ゾッとする。
「やばいって……安心すんなよ……ホッとしたら今に刺されるぜ……」
「ボリスうるさい」
「絶対あいつくるよ。きっとくるって」