チェシャ猫と愛に生きるトロイメライ【2】

□act6 オデカケ
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「なんであんたは俺を放っていっちゃうのかな?」

「ごめん……」

「俺はあんたと一緒にいたいのにさ。本っっっ当ひどいよね」

「ごめんなさい……」

「はぁ……もういいよ」

「ボリス……?」


手をひらひらさせる仕草はまるで犬でもあしらうみたいで困惑する。


「……行けば? あんたの行きたいところ何処にでも。もう引き止めない」


突き放すような冷たい声。
足下が崩れ落ちるような頼りなさが身体を支配した。


ボリス。待って。
そう弁明しようとした口は重くて、言葉にするどころか開かなかった。


「なんたって俺は監禁されてる身なんだから」


何か言わなきゃならないのに。
指先ひとつ動かせない身体は鉛のように重い。
口の中がからからに乾いてゆく気さえした。


「マシロ」


数秒か数分。
時間の区切りが明確な世界に居るのに、どれくらいそうしていたのか解からないくらい何もアクションを起こせないでいるとまた名前を呼ばれる。
それがひどく優しい声だったから思わず顔をあげてしまう。
そこには眉根を下げて困ったように笑う、優しい顔があって……。


「くすぐるからこっち来て」


その笑顔のまま、手をばらばらに蠢かせていたのである。


「ひっ」


喉は声にならないくらい引き攣った悲鳴を漏らす。
悲鳴としてもお粗末なほど微小な音声だった。


指の動きを見ただけで悪寒が走る。
それまで動作不可能だった身体が行動を起こす。
思わず後ずさりした背中をドアに冷たく受け止めた。


「泣いてるの? 涙目になっちゃって……可愛い」


ボリスはにやりとした顔で一歩踏み込んだ。


「マシロは可愛いなぁ。そうやって俺のツボをついてくるんだもん」


また一歩踏み出す。
ゆっくりと一歩ずつ、しかし確実に距離を狭めてくる。


一度大きな悪寒が通り過ぎた身体は、しかし、肌という肌が総毛立って止まない。
にこにこした顔で迫るボリスに引き攣った笑顔を返す。
ボリスは一際綺麗な笑みを浮かべると、瞬間口角を意地悪く吊り上げた恐ろしい顔をした。


「今回は泣いても、もう外に出ないと誓っても止めないからな?」

「おおおおおお許しくだひゃ……っ」

「ったく……。―――許すわけないだろ?」

「ぎゃひっ、ひゃあああぁぁぁぁっっ……っ」


もう嫌だと甲高い悲鳴が響き渡る。
しかし一拍後、肌を這いずる指先によって例の如く狂気めいた笑い声に転じるのだった。











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