チェシャ猫と愛に生きるトロイメライ【2】

□act6 オデカケ
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(まずいまずいまずいまずいまずいまずい!)


冷蔵庫と財布の中身を交互に確認する。
交互に何度も何度も確認する。
だけど、焦燥に駆られるままに繰り返したところで中身が増えるはずもなく、私は抱えた頭ががっくりと振った。


(昨日あんな高いの頼むんじゃなかった)


お夕飯にボリスの歓迎とオイタした罪滅ぼしを兼ねて、彼の大好きな魚料理を振る舞ったのが失態。いや、迂闊だった。


まぁ最初のうちだしちょっとくらい良いものを食べさせてもいいじゃないか。
どうせなら日本独自の料理を食べさせたい。


……そう思い、電話をとったのがそれなりに敷居の高いお寿司屋さん。
ゼロが一個余計に多かったことを思い出し、変な声が出ないように口を抑えて計算する。
正直心臓を吐き出してしまいそうなくらい高鳴っていた。


(私だって拙いと思ったけど!)


生活費に打撃を与えたお寿司を美味しそうに食べてもらえたのは嬉しいけれど、正直言ってこの家には食材という手数はない。
私は唇を噛んで呻いた。


やっぱり買い出しに行くしかないよ。
こればかりはどうしようもないんだもの。


思い立ったが吉日。鞄とサングラスを掛けて玄関に向かう。
けれど、靴に履き替える段差の直前で勢いは失速する。
それ以上いけなかった。どうしよう。


(怖い)


安易に出かけてもし何か遭ったら、なんて考えすぎ―――だったらいいのに。


叔母さんはきっと、もう亡くなっている。


そう思ったらとてもじゃないけど外に出るなんてできない。
叔母さんとのさいごのふれあいが脳裏に浮かんで離れない。
あの後別れた叔母さんは一体どこにいってしまったのだろう。
自宅に帰っていないらしかった。


私も殺されるかもしれない。
だって、私も叔母さんも、元はあの町の……。


緊張感が抜けない最中、目の前の扉がぐにゃりと捻じ曲がる。
歪む視界に立ちくらみを起こしそうになる。


「どこ行くの? マシロ」


見計らったようなタイミングで名前を呼ばれて我に返る。
ばっと振り向けば、案の定ボリスがいた。


「俺を起こしにきたんじゃないの?」


……ボリスは、一体何を言ってるのだろう。
緊張感で私がボリスの言葉を理解できないってことなのかな、これ。


「そっちは部屋じゃないよ」

「ボリス……」

「はぁ……ゆっくり寝てる俺にお目覚めのキスをして欲しいのに……そっちは外に繋がるドアだぜ?」

「クーン……」


呆れた様子のボリスが真っ直ぐ私を見つめる。
先刻まで私を支配していた緊張感が罪の意識に塗り替えられてゆく。
また見つかっちゃった。どうしよう。
叱られた犬のような気持ちで立ち尽くすことしかできないよ。
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