チェシャ猫と愛に生きるトロイメライ【2】
□act4 アケガタ
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「この頭身が低いのが俺?」
先刻、モデルを終えた俺は何よりも先にマシロ画伯先生の絵が見たくて、堪らず駆け寄ったことがあった。
「デフォルトってやつね。私、石膏の顔も解からないの。あなたの顔をリアルに描いても、もしかしたら駄目かもしれないからいろんなバージョンで―――」
ぱらぱらスケッチブックをめくる俺の指がぴくりと止まった。
「……今のどういう意味?」
いろんな絵柄で描かれた俺の絵から視線をあげてマシロを問い詰める。
マシロは一度ちらりと俺を見て逸らした目で、また俺を真っ直ぐに射止めた。
「4年前、ボリスと別れてからしばらく経つと自分の顔も見えなくなっちゃったことがあって」
「マジ?」
俺から視線を離さず、マシロはこくんと頷く。
「それがクローバーの国に行った途端見えるようになって心底吐き気がしたんだけど、それはさておき」
微妙に脱線しかけた話を戻すと、マシロはらしくもない仮説を立てた。
「言葉や理屈では証明できない不可思議な力のせいで人相の識別ができるようになったのかも、と言うのが私の推論なのね」
「つまり、またあんたはそうなるかもって言いたいの?」
「なるでしょうね。でも……今回はきっとそれだけじゃないのかも」
俺の頬を優しく触れる微熱。
白くほっそりした指が肌を滑る。
愛おしむような、慈しむような柔らかい動作が気持ちよくて目を細めていると……。
「それがタイムトラベルの恩恵だとすれば、私は―――じきにボリスの顔も解からなくなるかもしれない」
―――えっ。
「マシロ?」
見えなくなる?
(俺の顔も?)
胸がすっと冷える不快感を抱いて唖然としたよ。
目の逸らしようがないくらいショックを受けていた。
瞬くことも忘れた目でマシロをじっと見つめていると……
「そんな顔しないで」
と、困った笑みで、あやすように言うんだ。
「全部見越しての決断だもの。
ボリスの顔くらい視えなくたって大丈夫、それでも構わない、もうなりふり構っていられるものか―――そう覚悟を決めたことだから。
寂しいけど、いなくなってしまうくらいならマシですもの」
まぶたを伏せた顔が距離を寄せた。
ちゅっとリップ音もしないつつましい抱擁を頬に受ける。
淡い感触はすぐに消えた。