チェシャ猫と愛に生きるトロイメライ【2】
□act3 カタライ
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マシロは色彩が足跡のように点々とするフローリングを進み、ソファーから埃除けのビニールを取り去ると、ボリスに向き直って、
「座って」
と促した。
きょろきょろ部屋を見渡していたボリスの、前を向いていた耳がピンと立つ。
「なになに? 俺を描いてくれるの?」
「そうだよ〜。ほら、先刻持ってきたやつ」
マシロが自慢げに差し出したものにボリスは首を傾げて見つめた。
長方形の小型のボディのそれがなんなのか解からなかったが、それから伸びているイヤホンから察するに音楽機器なのだろう。
「ウォークマンだよ」
しげしげ観察するボリスにマシロはくすくす笑った。
「昔見てたマンガとか当時流行ってた音楽をダウンロードしてあるの」
「そういうのは覚えてるんだね?」
「なんでもは忘れないよ。忘れたいことだけ」
マシロは得意げに言うとウォークマンを操作した。
慣れた手つきでボタンを押して一番上の曲を選択すると、数秒後イントロが流れ始める。
「あんたでもこういうものに触れるんだ」
機械には弱そうだと思っていたから意外だった。
スケッチブックを小脇に挟んだまま丸椅子を持ってくるマシロに話しかける。
「音楽でも聞けば気持ちが晴れるんじゃないかって叔母さんが買い与えようとしたから先手打って買ってしまっただけ」
ソファーから少し離れた位置に椅子を置くその行動を捉えたボリスは軽やかな足取りでソファーに腰を落ち着かせた。
「たまに欲しい音楽があったらカードを渡してダウンロードしてもらうの」
「へえ〜」
「連絡手段としてスマホもね。……後で貸してあげるけど、あれは凄い出費だったなぁ」
「マシロって貧乏なの?」
「……あまり裕福とは言えないよ。働いてないし、生活費やらで貯金を切り崩してる」
「えぇっ、俺なんかかこってる余裕なんてないじゃん!」
「おまけに身元も国籍も不明の男の子をかくまってるこの状況……どう考えても人生終わってるでしょう?」
愉快な冗談を口にするようにマシロは笑う。笑えない。
「うわぁぁ〜……あっちに帰った方がいいんじゃねーの?」
「ダ、ダメよ!」
せめてマシロが働いていて、自分が主夫ってポジションの逆トリップものならまだ需要がありそうだったんだけどなぁ。なんてことを思う。
一曲目が終わり、次の曲のイントロが始まる。
音を立てないように椅子に腰を落とすマシロを横目に「あ、この曲好きかも」と感嘆する。
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