チェシャ猫と愛に生きるトロイメライ【2】
□act3 カタライ
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「で、最後がこの廊下の奥にあるアトリエだよ」
少し早めの夕飯を食べ終えると、穏やかな時間が流れてゆく。
食休みもそこそこにボリスはマシロに家の中を案内してもらっていた。
「ていうかマジで逆トリップしたんだ……」
「トリップ? ああ、タイムトラベルのこと?……逆って何?」
「にゃんでもにゃーい。って言うか別荘つったよね?」
「はい」
「あんたって実は結構なお嬢様!?」
「普通の家系だよ。ただちょっと特殊ってだけで……」
「あっ……」
しまった、と言う顔をしてボリスはついつい立ち止まってしまう。
文字どうりあっと声を上げたボリスは、余計なことを言う口をがっつり塞いだが既に後の祭りで、一度口から出ていった言葉を取り戻すことは叶わない。
「あっ、違うのボリス! ボリスがそういう意味で言ったわけじゃないのは解かってるから!」
言葉足らずで妙に気遣わせてしまったとマシロも狼狽える。
「社長さんや資産家の家じゃないよってこと! じゃなくてうちはちょっとした画家さんの家で……」
「画家? ああ、だからアトリエなんかあるんだ」
「そうそう!」
誤解も晴れたことで歩を進める。
「それなりに売れてるみたいだけど特別お金持ちってわけでもないのよ」
「でも別荘なんか持ってるし、儲かってはいるんだ」
「どうかしらね……父か母、どちらの名義か解からないけど、ここの別荘地でも一番小さいし、やっぱり大したことないよ」
「ふぅん……。
まぁ、こういうのは一人暮らしないし、お金持ちが鉄則だもんね。おあつらえ向きな環境を活かしたってことかな」
しれっと真顔で口にしたユーモア、けれど、その裏側で思うこともある。
なんでひとりでこんなところにいるのか。
ペンションに遊びに来る程うつつを抜かす女じゃないし、先の話から叔母さんがこの近辺でも通える場所に住んでいることが窺えるし、それにマシロ自身がこう言ったのだ。
ここは「私がメインで使っている住居」だと。
シーズン外でもここに居たと言うことか?
「へぇ。いかにもな感じ」
部屋の中は今まで見てきたどの部屋よりも殺風景だった。
キャンパスやクレパスも、筆が大量に入れられた筒もなければ石膏もない。
やはりと言うべきか、また不自然なひとり掛けのソファーが部屋のど真ん中に構えており、隅っこで背もたれのない木製の丸椅子がぽつんとしているだけで後は小物すらもなかった。
ただ、部屋のある一点では絵の具か何かをぶちまけたみたいなサイケデリックな汚れがこびりついていたのが、それらしいと言える。