チェシャ猫と愛に生きるトロイメライ【2】
□act2 ユウウツ
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その時、不思議なことが起きた。
「―――っ!? ぐえっ」
ポンっとコミカルな擬音とともにパステルな煙が爆散したのだ。それだけじゃない。
まるでカエルが踏み潰されたような呻き声をあげるマシロにシニックな唇がからかう口調で高らかに笑いあげた。
「あれ? 先にあんたが潰れんのかよ?」
「お、おも……重ひ……」
「ははっ。何を今更だぜ。どうやってかは知らないけど、俺をここまで運んだのはマシロなんだろ?」
こくこく頷くマシロに、ボリスもうんうんと仰々しく頷いた。
「俺は重かった?」
「と、とっても。さすが男の子って感じ」
「頑張ったね。よく出来ました。
でも我慢しなよ。あんたのその執着心だけじゃない、余計な重さのせいで俺も潰されちゃいそうなんだからさ」
「っ、つぶ、つぶ……つぶ……っ」
「だから俺が先にマシロを潰してもいいよな? こうやって……」
「はうっ!?」
白黒と変化に激しかったマシロの目が見開かれた。
にっこり笑っていたボリスが意地悪に妖しく笑むと、悶絶するマシロの首に腕を回して抱きついたのだ。
しなやかだが逞しい男の子の全体重が圧し掛かる。
「いいよね? 俺がマシロを潰してもいいよね?」
目を細めて問いかける。
こくこく頷くマシロの必死な様子に満足したボリスはあっさりと膝から退いた。
両足が地につく。
ホッと息をついたマシロは本当にホッとしていると言ったところだ。
安らいだその顔に先程の影はない。
「あんたに飽きたら」
「え」
「今度こそ撃ち殺すよ」
「……」
「あんたになにひとつ悟られず、俺の手で終わらせてあげる」
マシロの呆けた顔が、黒瞳が一瞬波立った。
「ボリス……それって?」
彼の言葉は冗談めいた、ひょうひょうとした口調だったけれど、金色の瞳の奥に潜む何かがきらりと光った気がして……。
「だから死ぬまで好きなだけ、思う存分に奉公すればいいよ。死がふたりを別つまでってやつ」
「慰めているの?」
「本気なんだけど? あんたみたいなの捨てて未練がましくうじうじされたり、自殺されでもしたら後味が悪いからね」
―――だからもう余計なことを考えないで、殺すその日まで俺の傍にいてほしい。
ボリスは変わらない口調でそう言った。