チェシャ猫と愛に生きるトロイメライ【2】

□act1 イセカイ
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あぐらを掻く俺の足を枕にして眠るマシロの顔は、疲労感が色濃く残っていた。


少し、無理をさせてしまっただろうか?
優しくしようと心掛けたけれど、やっと結びついた幸福感に興奮してしまった。
マシロだって今まで災難続きだったろうに、それなら尚更いつも以上に優しくするところを、歯止めが利かずに抱いてしまったんだ。


「ごめんね」


小さな寝息をたてるマシロの顔に張り付く髪を耳にかけて謝る。
起こさないように細心の注意を払って黒髪を梳けば、マシロは心地良さそうに身じろいだ。
それでも起きはしなかったので、俺は安堵と、哀れみに似た気持ちを含んだ曖昧な溜息を吐いた。


重い生い立ちもあれば、他人への執着の仕方も尋常じゃないくらい重い。
合意の上で監禁はしたけど、されるとは思わなかった。
普段は弱気なのに、やると決めたらやってしまう凄みと言うか、爆発力は尊敬の念を表するほどで。
まさか、俺を連れて自分の世界に戻るとは思わなかったよ。そこまでやれちゃうあんたにドン引きしちゃう。
だけど、俺のことになると大胆になっちゃうあんたが堪らなく愛おしくて……。



マシロを大事にしているのは本当だ。
俺も大事にされてると感じてるし、互いに自分自身のことはおざなりでも、相手のことは大切にし合って、補い合っていた。


だから俺達はそれなりに、けれど、これ以上ないくらい幸せだったんだ。


それなのに、他の奴らがちょっかいをかけてくる。
誰でも彼でも愛想を振り撒くあんたじゃないから。俺以外の男とまともに仲良くなれないあんただからこそ安心しているところはあったのに、どうしてこんなことになったんだろう。おまけにマシロは俺の知らない間に壊れていて……。
双子や騎士さんには何もされなかったって言うけど、もし万が一何かされていたらどうすんの?
……ああ、そうだった。俺が言えた義理じゃないよな。



そうして思い立ったのは、騎士さんの言葉だ。


「マシロは不幸に好かれている」


……ああ、そうだね。あんたの言うとうりだよ。何をしても裏目に出る不幸体質のあんたとマシロはそっくりだぜ。
マシロなんか、よく今まで生きてこられたなって具合だしね。


俺に台無しにされたって平気な顔してついてきてくれる。いや、違うのかも。
俺にされて当然と割り切ったから、なんてことなさそうな顔をしているだけ。


……きっとあんたみたいな女はこっちでも好かれるよ。悪い意味でね。
ろくでもない男に利用されていたかも。影のある女は格好のカモだからね。そうならなくて良かった。
そう考えると、俺に好かれていたのはまだ良い方だったのかな?


(でもそれは、そうでありたい俺の解釈だ)


帽子屋さんともなんにもないって言い張っているけれど、実際断定できるものが何もない以上は何も言えない、かな……。
考えようによっちゃあんたの大好きな独我論と悪魔の証明って最悪な組み合わせだよな。


……うん。だから今回だけ。
今回だけは、俺のただの誤解ってことにする。
っていうか、自分から地雷を踏みにいって撃沈とか情けない。


「今回は何もなかった」


そうだ、そういうことにすればいい。俺は何も気づいてない。知らなければ、知ろうとしなければ、そんなものは存在しない出来事だから……。



マシロ。
あんたを真心こめて大切にすると誓う。
だからもう、他の奴らにも、母親にも脅かされないで、俺だけのために泣いてよ。
他の連中に泣かされるあんたなんかもう見たくないんだ。



ねえ。

どこまで壊れちゃうの?

愛していると囁いても、どうして止まってくれないんだろう……。











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