妖精の譜歌〜The ABYSS×elfen lied〜

□Episode,8【ようこそバチカルへ・後編】
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「逃げようかな」


あの時のように。
目の前は、このバチカルの出入り口。
食料はないが、この鞄の中にはお金(ガルド)がある。

逃げるなら……今だ。


「今日はひとりなんだ」


進みだした足の行く先を妨害するように、声がかけられた。


「…………あなた」


「こんなところに居たんだね……随分探したよ」


邪魔された。
カマラはゆっくりと振り返る。
思い病んだカメリアの瞳に映し出されたのは見覚えのある顔。

否、顔ではなく仮面だ。
よく跳ねた漆黒の髪と同色の衣服は六神将のそれ――ケセドニアで襲撃してきた……。


「“烈風のシンク”……アリエッタの友達の」

「別に友達ってわけじゃないよ。あんなウザい奴」


カマラはあからさまにムッと唇を曲げた。


「それで? 烈風のシンクが私に何の用なの?」

「アンタ……一体何?」


シンクは淡白に問答を要求する。
肝心な主語が抜けていたが、シンクが何について訊いているのか、カマラはなんとなく理解していた。


「あの腕みたいの、何さ」

「…………」


やっぱり。
そのことだ。


「ねえ、聞いてるの」


だんまりにイライラしたシンクがカマラの腕を掴む。


「ねえ!」

……聞いているよ。
でも……あんたなんかには、教えないもん……!


「……貴方には、見えたんだよね」


きっと顔を上げるとカマラは嘴型の仮面を叩いた――“腕”を使って。


「わっ!」


かろうじて仮面は落ちなかったが、シンクは慌てていた。
この隙だと言わんばかりにカマラが街の方には逆走を始める。


「待ちなよ! このっ!!」

「え!?――きゃあっ! や、やだっ、やだよお!! 離して!!」


カマラとしては精一杯の全速力で走ったつもりだが、生憎神速のスピードを持つシンクに敵うはずがなかった。
呆気なく羽交い絞めにされ、組み敷かれてしまうカマラは無力な少女そのもの。


「こいつ! 離せってば!! 殺すぞ!?」

「ハッ! できるもんならやってみな! 僕にはアンタのソレが見えんだ」

「絶対教えない! 教えるもんか!!」


身動きの取れない不自由な体勢でカマラは暴れて喚いた。
そんなカマラの反撃をシンクは意に返したしぶりもなく、己の下で暴れるカマラの身体に体重を掛ける――
――窮屈に曲げられた細い身体が軋む。


「ひぎっ! あ、がっ……」

「教えてくれるんなら、楽にしてあげるよ……痛いのはいやでしょ?」 

「い、痛いのは嫌だけど教えない! 教えたらもっと痛い思いするんだもん!!」

「……何それ?」


何言っているんだこいつと言いたげに見下ろすシンクの言葉をカマラは少しも聞いていなかった。
少年とはいえ、男の体重が圧し掛かった身体は悲鳴を上げているのだ。
背骨が折れてしまいそうな程の力を前に、カマラは“腕”を伸ばす事もなくただじっと耐えるだけ。



だいじょうぶ。
こんなのは痛いうちには入らない。
自然治癒能力だって、人間に比べれば数倍早いのだ。
少しガマンすれば、すぐに終わる。
今だけガマンしていれば、今より痛いをすることはない、はずなのだから。


だいじょうぶ。

だいじょうぶ。



 
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