act19 何が嘘で真実か?
どうしてあんな無茶したんだよ……。
数時間前から目覚めない少女を見下ろすチェシャ猫の呟きが不気味な静寂に吸い込まれた。
あんたは、代えの利かない存在なんだよ……。
不吉な暗がりが濃く沈殿している部屋の主はいつまで経っても目覚める気配を見せない。
白ウサギとそういう関係なのか否か、奴を庇った報いを受けて動かなくなってしまったのは記憶に新しい。
―――鮮明に刻み込まれて忘れられない、といった方がいいのだろうが。
「ねえ……」
呼びかけに応じるのは無言の静寂。
寝台に重く埋もれる少女の表情はいつもの無愛想で近寄り難い色はなく、とても安らか。
いっそ死んでしまったのではないかと不吉な憶測に気が触れてしまいそうだった。
「ねえってば」
ぬくもりを確かめるため、少女に寄り添い、左胸にそっと顔を埋める。
安堵の吐息が溜まりかけた呼吸とともに吐き出された。
(あれだけ俺と一線を引こうとしていたあんたも気を失うと男をベッドに上げちゃう隙が出来るんだね……)
とくんとくんと珍しく穏やかな心音。
―――よかった。生きていた。
不安を拭い去り、ここまで心配させた少女に報復として唇を落とす。
やはり、といえば当たり前だが少女はいたって無反応。
規則正しい呼吸ばかりを繰り返す少女にボリスは物寂しさを感じた。
ねえ、いつもみたいに俺を楽しませてよ。
そんなの、全然つまんない……起きて。
起きて話をしようよ。あんたの声が聞きたい。
売り言葉に買い言葉でもいい。あんたが好きだから。
早く目を開けなよ……。
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