チェシャ猫と歌う恋のトロイメライ【1】
□act20
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秘密裏に開かれるオークションで値段がつけられる「物」は何も人間だけではなかった。
希少種や絶滅危惧種の最後の一体、入手困難なドラゴンの骨で作った秘薬なども出品される。
物によってはクローバーの国で不在の白の女王様も手中に収めたい代物もあったことだろう。
彼女がこの場に参加していれば、一番に目を惹いた「それ」に多額の金を落として買い取った暁に氷漬けのオブジェにした上でコレクションのひとつとして迎え入れたに違いない。
「うっ、うぅ……だして、ここからだして……檻からだしてよぉ……おかあさ……」
司会が「それ」の解説をする最中でも「それ」はすすり声をあげていた。
檻の中に押し込められたマシロは当初こそ酷い錯乱状態にあったが、今は大夫落ち着いたものである。
もっとも、狭い檻の中と言うトラウマスイッチを延々踏まれ続けているので冷静になりようがなかったのだが。
精神面を常時脅(おびや)かされていた頭の中では、まるで今も本当に「その時」の現場に居合わせているようなリアリティがあった。
鉄製の箱の中での記憶からも、檻と言う物理的に逃げ場のない閉鎖空間からも、二重に囚われて抜け出せることができない。
その悪循環においてマシロの思考回路は既にショートしており、ブラウン管テレビのような砂嵐の景色や激しいノイズ音の世界に苛まれながらずっと何かを呟き続けているのだった。
ペルソナを着けた紳士淑女の好奇なまなざしが、頭を抱えてうなだれるマシロに注がれる。
「あれが噂に聞く余所者……」
「我々とさほど違いはなさそうだが……」
「心臓とはどういうものか確かめてみたい」
沸き立つオークション会場の空気はどうしてか生暖かい。