チェシャ猫と歌う恋のトロイメライ【1】

□act19 其れでも帰りを待ち侘びて、
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抜き足差し足と、恐る恐る部屋に帰ってみればそこにマシロの姿はまだなかった。
女王様の部屋の前に居たメイドさん曰くもう帰った後だって聞いたんだけど、入れ違いになったかな?
それはそれで良かったかもしれないとホッとしてしまう。


腕の傷はまだ痛む。
結局たいして回復を待たず、逆上される覚悟で帰ってきた。
早いところ手当てして何事もなかったふうにしておかないとね。
俺はマシロをガチで怒らせたいわけでも、マジに泣かしたいわけじゃない。
いや、そうしたいのが世の常なんだけど、イタズラ以外でその反応をされても困るって言うか……
本気で嫌がることをして嫌われたくないだけなんだ。


「マシロ……」


この部屋にずっと居てくれて、俺が帰ってくるたびに迎えてくれるマシロの存在感。
今はそれがなくて妙な気分になってしまう。胸に穴が開いたような虚無感ってやつ?
自分の身体の一部を失ったみたいな感じ。


「マシロ」


ズボンのポケットの底に在った物を胸の高さにまで持ち上げる。
舞踏会の時に身に着けてほしいとプレゼントした桜色の首輪は、マシロの忘れ形見だったものだ。
まるでマシロの存在自体が幻だったみたいにこいつだけ残して消えてしまって以来、常備していた代物で……。


でも、これももう要らない。
首輪も手錠も必要ないって身に染みた。
繋ぎ止める理由もない。



「つっ……」


腕に走る鋭い痛みに眉をひそめてしまう。
普段着じゃなくてスーツの下に巻けばバレないよね?
そんなことを考えながら救急箱を引っ繰り返して中身を漁る。


(バレたら怒られるよなぁ……どうしよ)


後ろめたさを紛らわしたくて、包帯で患部をきつく縛りあげた。










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