チェシャ猫と歌う恋のトロイメライ【1】
□act17 ふたりは余所者
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お隣の檻の子は言った。
「俺たちはみんな狂っているんだ」と。
高すぎる背の女は笑った。
「狂ったふりをすればあの人が振り向いてくれる」と。
半身を腐らせた女の子は泣き叫んだ。
「あんたなら私を助けてくれる」って。
……走馬燈とかよく解からないけれど、あれも昔のことを忘れ去っても死に際に駆け抜けるものなのだろうか?
私は家族のことや学校生活の大部分は記憶にない。
だから、こんな鉄格子を境に飛び交う言葉なんて聞いた覚えもないし、これがアカシックレコードと言われてもぴんとこない。
忘れた過去であろうその映像の中でも、私には誰の顔も解からなかった。
長身の女の人が私に歩み寄る。
私に視線を合わせるためなのだろうか、膝をついて鉄棒のこちら側に居る私を窺っているみたい。
「泥棒猫のくせに親をそんな目で見るだなんて……恩知らず」
……違うよ。この目は生まれつきだ。
どっちに似たのかなんて考えは不毛だけれども、執着深い性格はあなた譲りだよ。
ぼやけていた女の顔が形を成してゆく。
徐々に鮮明になる輪郭や顔立ちの他に、女らしい身体が深紅を纏うがっしりした男の人のそれへと変わりつつある。
私の目の前に居たその人は、私のお母さんであろう人からエースさんへと変貌を遂げていった。
エースさんはその端正な顔に笑顔を添えると、鉄格子に力なく絡めた私の指へ自分のそれをかぶせるのだ。
檻越しに触れ合う人肌は温かい。
エースさんの笑顔は私をじっと見ていて、それから……それからつまらなさそうに言葉を連ねてゆく。
「君たち余所者に色をつけるなら……」
「アリスは黒でも白でもなくその中間」
「君は黒でも白にも成れる」
「汚れるのって凄く簡単だけど元の綺麗な色には戻れない」
「だけど、君は毛色が違う」
「何色にだって成れるし、汚れても元通りの綺麗な色になれる」
「君は頭の中をリセットすればまっさらになる」
「今はただ、猫君一色なだけ」
それらは芝生に押し倒した私に耳打ちした言葉達だった。
―――どうしてそんなに白黒つけたがるの?
声を出そうとしても、私の口から溢れるのは空気を吐く息遣いだけだった。
力なく笑うエースさんも光の粒になって消えていってしまう。
いつの間にか私を囲っていた鉄格子もなくなっていたようで……
光が溢れる白い空間で、私はひとりだけ取り残されてしまったみたいだ。
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