チェシャ猫と歌う恋のトロイメライ【1】

□act15 舞台裏の役者たち
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「あわわわっ……!」


現在ピアス=ヴィリエは窮地に追い込まれていた。
路地裏の突き当りに背中をくっつけて、じりじり歩み寄る天敵を見上げて息を呑む。
薄暗い場所の筈なのに、銀色のナイフとフォークが、そしてトパーズの視線が鋭く輝く。
ボリス=エレイが青筋をたててにんまり笑っていた。


「ピーアースー……」

「ぴっ……な、なんだよ! 俺を食べるの!?」

「ああ……もう骨の髄まで残さねぇよ。ったく、誰のものに手ぇ出してんだよ……?」

「えぇ?」

「おまえほんとムカつくぜ。馬鹿のくせに何考えてマシロにキスなんか……覚悟は出来てんだろうなぁ?」

「び! 覚悟なんか……こわい、こわいよ」

「覚悟。俺はとっくに出来ているぜ?」


尋問はすでに狩りに変わっている。
例の如く、マシロの動向を追っていたボリスが目の当たりにしたものは、この汚らしいネズミに襲われ、唇を奪われるマシロの姿だった。


これがブチギレられずにいられようか!


マシロは直ぐピアスから離れてしまったが、ボリスはその後にひとりになったピアスを追いに追いかけ回し、現在に至ったのが事の顛末である。


騎士の件もあるのに、迂闊にもマシロから目を離してしまった。
早くこいつを片付けて目の届く範囲に入れておかないと……。


「チェシャ猫?」


だが自分の二つ名を呼ばれ、得物の持ち手が止まってしまった。
その一瞬の隙をかいくぐってピアスは悲鳴を上げてボリスの横をすり抜けて逃げ去ってしまう。


「あ! ピアスッ、この……!」

「ああ、やっぱりチェシャ猫だったか……まぁ、その派手な格好を見間違えるわけがないが」

「誰だよ、邪魔しやがって!」


低めの、知的な大人の声の方へと睨みつけた。
視界に捉えたのは、呆れを帯びた爬虫類然とした黄色い瞳だ。


「ああ、トカゲさんか……なんだよ、いいところだったのに。空気読んでほしいぜ」

「あ、ああ、すまない。おまえを見かけたから追いかけたんだ」

「んー? 俺になんの用?」

「マシロは?」


トカゲ―――グレイ=リングマークはボリスの質問に答えるよりも早くマシロの名を口にした。
ボリスは嫌そうに眉をひそめてしまう。
明らかな拒絶の態度をとるボリスに、グレイは肩を竦めた。


「最近見かけないから訊いただけだ。元気にしているのか? 同棲をしていると聞いたが……結婚前の男女の行動とは思えないな」

「あんたマシロの親父かよ」

「……それより、丁度よかった。おまえに話しておきたいことがある」

「悪いけど、俺忙しいし、もう行かなくちゃ」

「他でもないマシロのことで」

「なんだって?」

「先刻本屋に立ち寄った」


立ち去ろうとする猫に構わず、グレイは紙袋から一冊の本を取り出した。それは医学書のようだが……。

ボリスは本の題を黙読し、怪訝な顔つきになる。


「それ、なんの病気?」


病気と言えば病弱な夢魔を連想するのだが……。
彼ならば大いに捨て置くけれど、マシロのことならばそうはいかない。


ボリスは題名を凝視したままトカゲに問いかけた。










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