チェシャ猫と歌う恋のトロイメライ【1】
□act14 シンデレラはチェシャ猫に恋をする
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「ボリス、本当にいいの?」
ボリスが出入りするとき以外は久しくお目にかからなかった部屋と外の境界線と、ボリスを交互に見ながらマシロは言った。
「いいよ。どこにでも好きな所に行っておいで」
「……そんな言葉があなたの口から出るとは思わなかった」
丸くしてしまった目を瞬かせているマシロを腕の中へと閉じ込めて、ボリスは切ない溜息をついた。
「本音と建前だよ。解かってる? 俺がどんだけあんたを傍に置いておきたいかをさ。でもマシロは俺の傍に帰ってくるだろうって確信できたからこそ散歩くらいさせてあげようって思えたんだ」
「そっか。ふふ、嬉しいなぁ……これで外に出してもらえるんだね」
「……」
程よく筋肉がついた胸に額を預けるマシロは大層嬉しそうだった。
久しぶりの外だ。何をしよう、なんて特別な予定は組んでいない。
ただビバルディと逢って話が済めばすぐに帰ってくることしか考えていなかった。
それだってちゃんとした理由があるのだから、今日(こんにち)の外出許可は素直に嬉しい。
建前でもなんでもいい。
彼は上辺を取り繕うような男ではないし、自由な猫そのもの。
解放してくれると言うことは、つまり本当に信じてくれているのだ。
それはとてもとても嬉しくて仕方がなかった。
自然に唇が綻んでしまう。
―――そんな折のことだった。
「外に出してほしいわけ?」
ボリスが改めてそんなことを尋ねるものだから首をかしげてしまった。
「え? ……うん、そうだけど……」
「そんなに外がいいの?」
なぜ今更そんなことを訊くのか。
怪訝な顔で見上げていると、派手な縞々模様のピンク尻尾が器用に腰にまとわりついてくるではないか。
「俺はなかがいいなぁ……」
「……」
途端に内側から興醒めしてゆく感覚は、真に致し方ないとしか言いようがなかった。
卑猥な冗句を口にする色欲猫を見上げる目は白い。
軽蔑の眼差しを向けられたボリスはなおもニタニタした笑みを浮かべて、腕の中のマシロを見下ろしていた。
「ボリスって……ガキだよね」
「そう?」
「ええ、とっても。本当に脳味噌ピンクで小学生丸出し」
「軽薄でいやらしいガキはお嫌い?」
「……それ聞いてたんだ」
「にゃは♪ 一部始終はずーっと見てたぜ」
一体どこからどこまで見ていたのか気になるところではあるが気にしない素振りを決め込むことにしよう。
白ウサギのことはいざ知らず、マシロにとって身近なストーカーはボリスその人だった。
ボリス本人を探し回っていた姿を陰ながら見守ってニヤニヤしていたと思うとくびり殺したくなる。憎さ余ってなんとやらだ。
「ね、マシロ」
「……なぁに」
とりあえず、持ち前の眼付きで射殺せないだろうかと奮闘していると名前を呼ばれたので低音ボイスで応じた。
ボリスの黄金色の輝きがわずかに揺らいだことにマシロは気付かない。
「舞踏会の夜のことなんだけど……」
ボリスの言葉は、そこで途切れた。
何を言いかけたのだろうと続きを視線だけで催促するとボリスはへらっと笑った。