チェシャ猫と歌う恋のトロイメライ【1】
□act11 掛け違えた世界
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「珍しいね。あんたがそんなこと言うなんて」
ボリスが意味ありげに笑ってマシロを見据えた。無邪気に笑いかけられたマシロはたじろいでしまう。
用がなければ部屋の外にだって出たがらない出不精な上に、なんの感慨もなく"同棲"生活に戻ったマシロが突然外出したいと言い出したのが、事のきっかけだった。
ボリスはやんちゃ小僧のような無邪気な笑みを浮かべている。だれど、ちっとも歓迎されてないことがありありと感じてしまう。
それでもマシロは勇猛果敢に立ち向かおうと試みるのだった。
「う、うん。そうなの」
「女王様になんの用?」
「お話ししたくて……」
「約束なんかできる環境だっけ?」
「個人的な相談なの」
「個人的、ね……俺には言えないこと?」
「う、うん。そうなるかな……」
「……へえ」
「……なにがおかしくてへらへらしてるの! エースさんじゃあるまいし……」
「騎士さん……と言えばさ、気をつけろって言われなかったっけ?」
「じゃ、じゃあボリスもちょっとそこまで付き添ってくれる?」
「いや、だからなんで出かける必要があんのって訊いてんじゃん?」
愛の問い詰めはすでに尋問へと変わっていた。
生来から気弱なマシロがなけなしに振り絞った勇気は、語気とともにしなだれてゆく。
控えめな音を立てて、マシロはその小さな両の掌を重ね合わせる。
お願いだと拝むジェスチャーだ。
「ボリス……ここは聞き入れてほしいなぁ……なんて、ね……」
「逢いに行きたがるほどあの女のこと好きだっけ?」
「普通だよ。……怖いとは思うけど」
「じゃあ行く必要ないよ」
「そういうわけにはいかないって言うか……」
「なんで?」
「だからそれは秘密……かな」
「なんで?」
「いや、だからね……」
何が何でも理由を聞き出そうとするボリス、絶対口を割らないマシロは先刻からこの押し問答を繰り返していた。
まるで「休園の時くらい歌いたい」と豪語するゴーランドと「一切歌わなくていい」と大衆の意思を代弁するボリスの口論のようだ。
だが今回は相手が違う。
この世界では押し切られそうなほど聞き分けが良く、ボリスがそれをしてほしいと願えばなんでもしてくれそうなマシロたっての頼みなのだから。
幽閉を迫られても素直に受け入れて、急を要するとは言え一度外に出したとしても、マシロは自らこの監獄に戻ってきた。
それがなぜ急に女王陛下に逢いに行きたいだのと血迷ったのか、ボリスには理解しかねる重要問題だった。