チェシャ猫と歌う恋のトロイメライ【1】
□act7 ボリスキャット
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町中を細々と歩いていると頭から冷や水を浴びせられてしまう。比喩ではない。
その冷たさに条件反射で身を強張らせていると瞬間に暗転。
ブラックアウトした景色に訳も分からずに呆然と立ち尽くしていると……
「げっ……」
(げっ……?)
一歩引いたような、それでいて汚いものでも見つけてしまったような一声が聞こえたのは気のせいではないだろう。
おそらく自分に向けられた一文字なのだろうな、と群衆の雑音がすべて自分への嘲笑だと感じて生きてきたマシロは思った。
「ふふ……君はとことん運に見放されているな」
(この声は……)
声を出すのも億劫そうなこのトーンは、会合の場に足を踏み入れた時に久しく聞いたものと同じだった。
おずおずと視界を塞ぐそれを持ち上げる。街並みとあらゆる視線を向ける人々が再び日の光を浴びることになる。
顔のない野次馬の視線は半分たりとも水浸しのマシロに向いてはおらず、存在感のある顔立ちの男二人に注がれていた。
「大丈夫かね、お嬢さん? ブラウスが透けているようだが実に目の保養だ」
水が滴る毛先の下の顔が羞恥に歪む。
シルクハットを被った長身の男とそれよりも高い場所に頭がある大柄な男が、胸部を抑えるマシロを捉えて離さないでいた。
民家の二階の窓から身を乗り出していた婦人が狼狽えた様子で水をひっかぶったマシロに叫んで謝っている。
彼女が落として転がったままのバケツとその他の野次馬共が、マフィアのトップとその右腕に連行される女性を見送っていた。
act7 ボリスキャット