チェシャ猫と歌う恋のトロイメライ【1】
□act4 甘い砂糖菓子のような悪夢
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顔のないナイトメアの部下に案内された部屋に通されてから改めて室内を見渡す。
クローバー模様とモノトーンで彩られた部屋はシンプルではあるが、城で与えられた客室と比べて劣るものではなかった。
部屋の真ん中まで歩み進めながら視線を滑らせる。カーテンが開け放たれたガラス窓は大きく、クローバーの国全土を見渡すには絶好のスポットだ。
絶景を眺めながら、遊園地と時計塔を探すも発見には至らず、地理そのものも異なり、帽子屋屋敷やハートの城の位置も違うのだった。
弾かれた建物に住んでいた人たちはどうなったのかな。
そんなことをぼんやりと考えていると背後からカチリと音が鳴ったので振り返ってしまう。
ボリス=エレイが後ろ手で扉の鍵を閉めてこちらに向き直るところであった。
蜂蜜色の視線と重なって、ああそう言えば鍵を掛けておけと言いつけられていたのだと思いだす。
女として不出来な自分に代わって鍵を閉めてくれたことに感謝の言葉を述べるべきかと考えあぐねていると、出てきた言葉は疑惑であった。
「ボリスさん?」
どうしたの? と言いかけたところでボリスが言葉をかぶせてきた。
「そのボリスさんっての、もうやめようぜ」
マシロは目を丸くしてしまった。
急になんのことを言っているのか一瞬呑みこめなかったが、彼が言わんとする言葉を理解するのに時間はさほどかからなかった。
ふたりの距離が狭まってゆく。
人の頭ふたつ分まで歩み寄るとボリスは立ち止った。
マシロは、彼女自身の髪を弄(いら)うボリスを見上げて――それから数秒間迷った後、照れくさそうに口にするのだった。
「ボリス?」
「ん」
「ボリス」
「ん」
「ボリス!」
「なに?」
問い返されて、マシロは恥ずかしそうに目を伏せた。
そんなマシロの様子を、頬をほんのり染めながら見下ろしていたボリスだったが……
「あー……やっぱ前言撤回」
「え?」
「あんたは変わったよ」
「……そう?」
「うん、変わった」
「……嫌ですか?」
「つーか可愛げあるっていうか……前はもっと仏頂面だったじゃん」
髪切ったし、痩せたし、どうしたの?
そう問われればどうしたものかとマシロは首を捻りながらも結局答えを出すことはなかった。
ボリスは深いため息をこぼして別の質問を投じた。
「俺が恋しくて戻ってきたの?」
俺の顔を見た時のあんたの顔――安心したって感じが堪らない。
そう意地悪く嗤われて、マシロは肩を落とした。
「私は……」
俯いたまま、力なく首を振るう。
「私を頼ってくれるボリスを求めただけです」
全部、自分本位なの。
呟く声は小さいものだったがボリスの耳にはしっかりと捉えられていた。
「ふぅん……マシロを頼る俺を頼りにきたんだ」
「……そう」
「ふぅん」
「…………」
「じゃあさ、俺もマシロのそういうとこ……利用していいよな?」
「え、っと……?」
「前にも言ったけど、あんた、つけこむ隙がいっぱい」
利用しない手はないよな。
利用され愛上等。
ボリスが真面目に言うものだから、マシロは困惑を隠せないでいた。
それを取り除くのもまた、ボリスの言葉であったが。
「お互い求め合っているんだからさ……それでいいじゃん?」
ゆっくり顔を上げるマシロの瞳が、驚愕に移り変わる。
求め合い。
互いの足りない部分の補い合いこそが、マシロにとって理想の人間関係だったからだ。
「ね。俺、マシロともっとキスしたい。ちゃんと帰ってきたことを感じさせてよ」
「うん……」
「ん。じゃあこっちきて」
控えめながらに頷くマシロに気を良くしたのか、ボリスは尻尾をピンと立たせながら女の手を引くのであった。
落ち着いた黒のシーツがふたり分の身体を呑みこんでいく。
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(2016/01/24)
クローバーの国「ユリウス達は弾いた」
ハートの国「帽子屋屋敷は引っ越した」
↑こうですか?分かりません。
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