チェシャ猫と愛に生きるトロイメライ【2】
□act18 ホウモン
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物音に目が覚め、まるでノックのような音を辿って二階に行けば、それはなんてことないくだらない理由だった。
一体何をしていたのやら。
音の出処は、かつてマシロが使っていた部屋だった。
一時的に現在は、著事情によりボリスが使っているのだが、出迎えてくれた彼は屈託ない笑みでマシロをからかったのだと白状した。
マシロは不平不満を呟きながら階下に引き下がったが、まさか今この瞬間、この屋根の下に蔓延る第三者の存在に気付くはずもなく。
ビニールが取り払われた彼女のベッドの上で、か細く途切れる呻き声と軋む骨の音が折り重なっていることもあずかり知らないことだった……。
何こいつ。誰こいつ。
ノックを刻むドアを開けて出迎えてみればそこにいたのはマシロじゃなくて知らない男。
マシロと同じ匂い。死に近しいものから漂う死の香り。
ただ違うのは、こいつからはおびただしい血の匂いがするってこと。
マシロというより、どちらかと言えば俺達寄りの存在に思えた。
(―――危険人物だ)
そしてこの"臭い"はもうひとつの意味で既視感があった。
デートの帰り。
あの日、夕方の時間帯に傾いた頃、雨空の下で帰路に就くと異物が紛れ込んでいた。
何も知らないマシロはショックを受けていたけどそれは誤解だ。
あの時、室内に溶け込んでいたのは"こいつ"の臭いだったんだ!
(誰こいつ)
……殺しておこう。
食い込む指が血流を捉えた。
さらに締めれば心音のようなリズムを内側で感じ取る。
動脈は捉えた。このままへし折ってやる!
「うッ……あ、がっ……は……!」
「……黙れよ。また変に思われるだろ。
ま、そうはならないように"切り離した"けどさ、誤魔化すのも大変なんだよね。
こんなとこ見られるわけにはいかないし……好きなだけ苦しんでいいからこのままくたばっとけ」
「うぐ、ぐ……っ」
「……」
今際の際の悪足掻きか、俺の腕を解こうとする侵入者を俺は無情に見下ろす。
喉笛に体重を掛ける。けれど、こいつもなかなかしぶとかった。
奴の足が、急所である鳩尾を蹴り上げてきやがったんだ。
「うぐっ!」
重い衝撃に一瞬、意識が飛びそうになる。
前屈みになる俺の隙をついて追い打ちがさらに2、3度繰り出される。
なんだ元気じゃんか。
……死にかけのわりに悪足掻きしやがって!
腹を抱えていても目の前に迫る白銀の輝きだってなんのその。
腕を捻じりあげてよたついてる足を払う。そのままフローリングに組み伏せた。