チェシャ猫と愛に生きるトロイメライ【2】
□act17 マヨナカ
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ある昼下がりの空の下、
ネコが一匹塀の上を歩いているとひとりの女の子と邂逅った。
女の子は塀の上に座っていて、とても退屈そうに足をぶらつかせていた。
女の子がネコに気付きました。
女の子はネコに気付くと足を休めました。
「あらあら、可愛らしい猫さん、あなたとは初めてお逢いしますわ」
にこりと笑った女の子にネコは首を傾げます。
「俺はあんたを知っているのにあんたが俺を知らないのはおかしいんじゃないかな」
今度は女の子が首を傾ける番だ。
「そんなことないのだわ。あなたには目と鼻と口があるけれど、そんな美しい毛並みのネコを見たのは初めてですもの」
やっぱりおかしなことを言う。ネコは思った。
誰の顔も解からないという女の子の顔こそ誰よりも不可思議な顔をしているのに、何故それが解からないのか。
彼女の顔には薄桃色の整った唇と、美しい鼻がある。鋭い眼がある。
決して美しくはないけれどそれほど醜くもない。けれど、普通でもなかった。
強いて言えば歪。
不格好で不揃い。
美しい輪郭と部位を持っているのにピカソの絵をバラバラのパズルのように組み立てた顔をしている。
「顔っていうのはまさにそれだけで一人一人を見分けることができる重大の情報なのよ。個人番号である名前は二の次ね。
しかし私には不確かで不明慮なものでしかないの。君の顔は他の人達の顔といっしょで眼がふたつ在って、真ん中にお鼻が在って、その下に口があるだけ。みんなそう、同じなのよ。
例えば片っぽの眼だけ欠けていれば解かりやすいのにそうじゃないから不便だ」
ネコは女の子を鬱陶しく思った。
「邪魔だから退いておくれよ」
通せんぼする女の子に言い放つ。
女の子は、
「私のナゾナゾに答えられたならあなたの望みに応えてみましょう」
形の良い唇を割って笑うのだ。
「時計と心の違いってなぁに?」
そんなの。そんなの、とネコは思った。
「正解は、時計は直るけどハートは直らないってことさ」
そう答えた。そう自信を持って答えたのだ。
女の子は嬉しそうに、とても嬉しそうに拍手をした。
「正解です。時計は直せるけど心はどんなお医者様にも治せないのです」
ざわめく木々から一羽の鳥が羽ばたく。
桜色の鳥が捨てたおうちはもぬけの空。
塀の傍には割れたタマゴがひっそりと残されていた。
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