チェシャ猫と愛に生きるトロイメライ【2】
□act15 セキメン
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帰りの車でも、猫の姿になって車内に乗り込んでいた俺はその会話をカバンの中から聞いていた。
「君も狙われている」
「ひとりは危険だ」
「私たちの家に来なさい」
「遠慮なんかするな」
マシロの叔父さんが何度も義理の姪に訴えかけた言葉だ。
自分の奥さんもどこ行っちゃったか解からないっていうのにその真摯な声には感心したもんだよ。
なんだ、マシロ。あんた可愛がられてるじゃん。
一方、マシロは叔父さんにこう返した。
「ごめんなさい」
飼い猫を置いてはいけないからそちらに行くわけにはいきません。
お心遣いありがとうございます。
……そう言ったんだ。
叔父さんは2、3度反論を唱えたが、それでマシロの意思が覆ることはなかった。
車の中はさらに御通夜ムードになり、気落ちした様子の叔父さんはもう頷く他ないと言ったところ。肩を落とした背中はなんとも言えない感じだった。
首を縦に振った叔父さんにマシロはひたすら感謝の言葉を連ねる。
それっきりだ。
それっきり家に着くまで静寂の極みだった。
キィ、とブレーキ音が響く。
カバンが揺れて間もなくドアが開く音をキャッチする。
「不安になったらいつでもうちに来なさい」
マシロは静かな声で"その時はお世話になります"と言った。
カバンが揺れたからお辞儀をしたのかもしれない。
マシロと叔父さんはその後も少しの間、言葉を交わしていた。
別れの挨拶を最後にエンジン音が轟く。
エンジンが遠のいて聞こえなくなったのを皮切りにまたカバンが揺れた。
錠がかちゃりと旋回する音に耳がぴくりと反応する。
優しく降ろされたカバンのジッパーが開かれると、疲れた顔をしたマシロと目が合った。
マシロは息を深く吐きだしてゆく。
「大丈夫?」
「ボリス……うん、ちょっと疲れたかな。少し休みたいな」
「いいけど、今から? ご飯は?」
「うーん……。今夜はいらないかも」
「了解。何かあったら呼んでね」
「はーい」
よほど堪えたのかマシロは額を押さえる。
「そんな顔しないで。ちょっと休むだけだから」
それでも唇に笑みを作って俺を気にかけてくれた。
俺を安心させるように背伸びしてまで何度も頭を撫でてくれる。
マシロはにっこり笑っておやすみを言うと和室の中へと入っていった。