チェシャ猫と愛に生きるトロイメライ【2】

□act9 ヤキモチ
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正直スクリーンを直視したくないんだけど、怖いもの見たさってやつなのか、薄く目を開けてなんだかんだと見ている。
特別グロいシーンもなけりゃ、血しぶきもあるわけじゃない。
あいつらは音もなく出てくるから吃驚するんだけど、俺の知ってるホラーと違ってラップ音の演出と派手な映像でビビらせてくることはしなかった。


なんていうか路線が違う。
独特の表現って言うか、怖さがある。


どうして蛇口捻ったら水といっしょに真っ黒い髪の毛が出てくんの? 気持ち悪い。
ドアの小さなのぞき窓の向こうにいた黒髪ボブショートの女の子はドアを開けた瞬間影もなく消えた。
安心したところで襲ってくる算段かと身構えたらそれもない。


あの子は何がしたかったの?
何を訴えてるの?


じわじわくる恐怖。
文字どうり手に汗握る感じはまさにじっとりしていた。
いつの間にかマシロの手をきりきり握りしめている始末。


ヒロインも得体の知れない恐怖を感じながらも天井窓に背を向けて歩きだす。
こっちは見えてるのにあっちはそうじゃないもどかしさにやきもきする。


気がつけば俺は白い息を吐いていた。
外はじりじり暑かったのに。


息をひそめるようにしていた息遣いが、ひゅっと詰まる。
廊下を鈍い動作で歩くヒロインの背後。濃い暗がりになっている天井を這うようにボロボロに汚れた女がサヤコに迫って……


「ギャアアァァアァアァアァアァッッ」

「きゃーーーーーっ!」


俺達はどちらともなく抱き合う。
むしろ俺の方が恐怖のあまりマシロを強く抱き締めていた。


「だ、大丈夫だって、マシロ。大丈夫……大丈夫だから……怖いなら俺に抱きついたままでいいから……」



この虚勢も自分を奮い立たせるためのものかもしれない。
腕の中の女の子は顔をにたにたほくほく緩ませてスクリーンに釘付けになっていた。










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(2016/10/08)
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