チェシャ猫と愛に生きるトロイメライ【2】

□act6 オデカケ
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雨は好きだ。


汚れがついてもカッパを着てれば元の服にはつかないし、何より私の顔を隠してくれる。
増水した川の音が悲鳴も助けを求める声も誤魔化してくれる。
だから雨は好きだ。


川が流れる高架下がおあつらえ向き―――
と言うことは決してなく、むしろここまでつれてくるのに大変苦労する。
たった一突きならば尚更こんな辺鄙な場所につれてくる労力に見合わない。
それでもまだ遺体を見つけられては困るので、ひっそり殺し、ひっそり隠しておきたい所存なのです。


横に幅が広い女性の身体を見下ろすとなんでだか悲しくなる。本当だとも。
数年前はもっと丸っこかった。地元の人間なら誰でも知ってる話だ。
それが苦労したのか、当時に比べれば大分様変わりしたのだから感慨深くなりもするでしょうとも。ええ、そうですとも。


夏とはいえ雨の寒さに身体が冷える。
震える身体をしきりにさすった。
私の身体はこの遺体のように芯まで冷え切っているかもしれない。
生きてる人間でさえ血が凍りついてしまいそうだった。
車が来るまで死体と隣り合って川を見ていたけれど、早く帰りたい。


ふと携帯の音が鳴る。
初歩的なミスをしてしまったかと驚いたけれど、音の出どころは彼女からだった。
ホッとするが放ってはおけない。黒い革の指先で音の発信源を探る。ちょっと失礼っと。


手に取り、ディスプレイに表示された男の名前は旦那様か息子さんか……。
出てやる義理はないので保留にしておいた。


音が止むと、もうこんな時間かとため息をついた。
いつの間にか雨が止んでいて東の空は白んでいる。
寒さも手伝ってちょっとうとうとしてたようだ。
迎えはまだ来てくれない。困ったなぁ。


なんとなく彼女のスマホを操作する。
掛けなおされないよう設定する大義名分の下に、こういうものを覗き見る背徳感が堪らないのだとほくそ笑む。
メールとかメッセージの内容や、どういうLINEグループに入っているかだとか、どういった人間と付き合っているのか等々、プライバシーを侵す魅力は誰にも抗えない。
それは他人の日記を暴く好奇心さ。


連絡先の一覧を下へ下へとスクロールする。
一瞬通り過ぎた名前に我が目を疑った。
二度見しようと今度はゆっくり上にスクロールする。


確認は確信と確定に変わる。
見間違いじゃない。どうしてこいつの名前があるの。
地元の人間なら誰でも知ってる話だ。あれは社会復帰は絶望的とまで言われていたんだ。
人間を止めた、一生を白亜の牢獄で過ごすとも……そう言っていたのに。


それがなんで。そんな奴がどうして自分の番号を持っているんだ。
訝しむと同時に、私は心臓を高鳴らせて番号をタップしたのです。










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