チェシャ猫と愛に生きるトロイメライ【2】

□act2 ユウウツ
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『何を騒いでいたの、真白ちゃん』

『誰かいるの?』

『真白ちゃん? 真白ちゃん?』


おっとりした優しい語り口で呼びかける女性の声を、今叔母と言ったのか?
耳は扉の向こうに研ぎ澄ませたまま、ボリスはまんまるにした目で「どうする?」とマシロに窺う。
おろおろするマシロは、そんなボリスの存在を今思い出したような顔をすると、その胸をついつい突き飛ばしてしまった。


「んにゃあぁ!?」

「バ! 馬鹿! しーっ!」

『真白ちゃん? なにか、今ものすごい音が……それに"んにゃあ"って』

「あ、あ、あ、ああああおおおお叔母ひゃんごめんなひゃ……! なんでもないんです! 今、出ま……い、いいえ! やっぱり今ちょっと立て込んでいて出られなくって!」

『あらぁ……そうなのぉ?』


穏やかなソプラノボイスに深みが増す。
何か悟られてしまったか!? ぐっと口元を押さえて扉を凝視する黒い瞳孔は収縮を繰り返す。


ガチャンと鍵が旋回する音が響いた。


「えっ!?」


一瞬、時間が止まる。
轟音の如く心音を奏でていたハートが、すとんと落ちるような感覚だ。
それに伴って重くなる絶望感に、胸とは言わずに足場が崩れ去るような錯覚さえも覚える。
ノブを引く音と「よっと!」というほんわかした気合いの声とともに扉は開かれてしまう。


「おおおお叔母ひゃんんんんんんんんん!?」

「お掃除でもしてたのかしら? ふふ、今日は元気みたいね。叔母さんもお手伝いするわ……あら?」

「あぁぁあああああぁあぁぁぁああぁぁぁ」


頭を抱えだして地に伏すマシロはこれからのことを憂いた。
どこの馬の骨とも知れない、自前の猫耳を生やした、おそらく密入国に該当するであろう異国の少年が姪っ子と睦み合っていた。
最後はともかく、問題点しか見当たらないこの少年の説明なんてできるわけがない!


フローリングの廊下に大粒の汗がぼたぼた滴り落ちる。
叔母の目は、ちょっとした水たまりを作り出す姪っ子のすぐ隣を見つめていて……
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