頂き物小説

□ONLY FIRST
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 待ち合わせ10分前。
 広場に小走りでやって来る彼女を見つけて、俺は無意識に微笑んだ。
 脇に抱えていたジャケットを広げて、自分が座っている隣に置く。もう一度視線を上げた時、彼女は俺の前で足を止めたところだった。
「お疲れ様」
 いつもの事ながら、少し怒ったような、悔しそうな表情で言う。
「もうっ!また蔵馬の方が早かった」
 会社から走って来たのに、と不満げな様子に笑って、息の荒い彼女に座るよう促す。ジャケットと逆方向に動き掛けた腕を引いて、右隣へ誘導した。
 彼女は困惑して俺を見下ろしている。
「どうぞ。上に座って」
「ええ!?いいよ!シワになっちゃう…」
「彼女を地べたに座らせるワケにはいかないからね」
「でも」
 まだ躊躇う彼女に、駄目押しの一言を囁く。
「―――俺の為を思ってくれるなら、折れて欲しいんだけど?」
 うっ、と言葉を詰まらせ、落ち着かない素振りで目を泳がせた後、観念した彼女が腰を下ろした。揃えた膝をペチペチと叩きながら、子供のように拗ねる。
「……いっつも蔵馬にしてもらってばっかり」
「そう?」
「そうだよ。電話、蔵馬から掛けてくれるでしょ?予定合わせてくれるのも蔵馬でしょ?待ち合わせも絶対先に着いて待っててくれるし」
 指折り数えている姿の可愛らしさに目を細め、記憶を辿るのに夢中な彼女の頭を撫でた。
「…全部、俺の為だよ」

 君が何してるのか、誰といるのかを知りたくて。いつも思い付いた時、抜き打ちで電話してるんだ。
 予定を合わせてるんじゃなくて、出来るだけ傍にいて欲しいから、会える日は一日だって無駄にしたくないだけ。
 待ち合わせよりかなり早く着くようにしてるのは―――

「………俺を待ってる間、他の男に声なんて掛けられたら困る」
 力み過ぎて思わず呟いていた本音は、どうやら聞かれなかったらしい。不思議そうに俺を見詰める彼女に首を振ってごまかす。
「今日は、どうしようか。適当に買ってきて、ここで花見っていうのもあるけど…」
 背中越しに、満開の夜桜を指して言うと彼女は少し考え込んだ。うーん、といかにもな前置きをしてから、はにかんだように笑う。
「……どっか、食べに行く。ジャケット、本当にシワシワになっちゃいそうだし」
 桜は歩きながら見ればいいよね、と早速立ち上がって俺のジャケットを手で叩く彼女。

 うん、だから俺は、君が好きだよ。
 何でも真っ直ぐで飾らなくて、人を思いやれる。そんな君だから、俺もここまで夢中なんだ。

 内心で一人再確認しつつ、表情には出さずに俺も立ち上がる。
 それじゃ行こう、なんて、澄まして返しながら。



 君には言えない。
 狐は計算高くて、したたかな生き物なんだ。
 それなのに、君が好きすぎて好きすぎて、虜になってるなんて、悔しいだろ?
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