今日という日に特別な気持ちなんて持っていない。 どこかの神様の誕生日、別に信者でもない人間たちまで何故こうも馬鹿騒ぎするのだろう。 年の瀬のうちの一日にすぎないというのに。 街に出ればどこもかしこも群れだらけで、苛々が治まらなくなる。 だから今日は、一歩も家を、この二階の自室を出ないと決めた。 片っ端から咬み殺してやるのもいいけれど、狩りをするには少し寒すぎる。 窓の外に広がる町並みは、空から降ってくる冷たい雪のせいでまるで知らない場所みたいに見えた。 適温に暖めた部屋の中にいると、雪のちらつく外の世界なんて絵画と変わらない。それも特に絵心もない素人が描いたような、無味乾燥でサイズばかり大きな絵。 くだらないからカーテンを引いた。 こうして群れた人間たちの喧騒も聞こえず、表の寒さを伝えるものもなければ、今日が何の日かなんてわからないし、知らなかったところでどうということもない。 世界はこの部屋だけで完結している。 それは酷く居心地のいい世界。 何も僕の感情を波立たせることはなく、何も僕の存在を脅かすことのない世界。 欲求に抗わずに緩く瞼を閉ざせば、また一つ世界が小さくなった。 今度は僕という存在すら、曖昧な世界。 そしてこのまま眠りに堕ちてしまえば、僕が知覚できる世界は消滅する。舞い落ちる雪がやがて音もなく溶けて消えていくように。 いや、そのとき無くなるのは僕のほうなのか。 思考がまとまらない。この意識の散逸は世界の崩壊の始まりなのか。 カツン。コツン。 ガラスを硬いもので叩いたような音。 これは世界が崩れ落ちていく音かもしれない。 聖なる誰かが生まれた日に、僕が消えていくというのも悪くない。 カツン。コツン。 止まない音が繰り返し僕の世界に響く。 カツン。コツン。 「うるさい。」 とうとう辛抱しきれずに、僕は閉ざしたカーテンを乱暴に開けた。 窓の外の相変わらず退屈なモノクロの世界に気が滅入る。極彩色でもうっとおしいのだろうけれど。 窓ガラスには何故か細かく固まった雪が張り付いている。 不思議に思って顔を近づけて見ていると、白い塊が下から飛来して目の前のガラスに衝突した。思わず目を閉じてしまったのが悔しい。 窓の外側を、掌大のひしゃげた雪玉が滑り落ちていく。 僕はぴたりと閉め切っていた窓を開けた。 誰だか知らないけれど、僕に喧嘩売るなんていい度胸だ。 窓枠に片足をかけて身を乗り出すと、地上に見えた赤い服。 アスファルトにまで降り積もった白の中、赤い服の男は馬鹿みたいな笑顔で僕に手を振っている。その手には、作ったばかりと見える雪玉。 「咬み殺す。」 両手にトンファーを構えて、僕は勢いよく窓枠を蹴った。 ふわりと身体が宙に浮く感覚。 赤い服は一瞬驚いた顔をしたのに、すぐにさっきよりうれしそうな顔になって両腕を大きく広げた。 そして僕の身体はすっぽりとその腕の中に。これでは体勢が悪くて武器もふるえない。 僕を受け止めた反動で尻餅をついた男はそれを気にするようすもなく、穏やかな表情をして大きな手の平で僕の頭を撫でた。 「メリークリスマス、恭弥。」 「何のつもり?」 「オレはサンタだから、いつもいいコにしてるおまえんとこに来たんだぜ。」 真顔でそんなことを言う男の金色の髪には、体温で溶けかけた雪がキラキラしていた。 白と黒の世界が、その光に鮮やかに照らされて色を持つ。 「プレゼントは?」 「んー、オレ。」 自分を指差して首を傾げて。いい歳してかわいこぶっても気持ちが悪いだけだ、と伝えようとしたら、身体をぐいと引き寄せられてタイミングを失してしまった。 濡れた髪が冷たい。でも、触れる肌は熱い。 「メリークリスマス。おまえに出会えたこと、神に感謝してる。」 切なくて、真剣な言葉。その思い全てを注ぎ込むようなキスが降ってくる。 ああ、貴方は彼を信じているんだったね。 彼を語るときの貴方の目、嫌いじゃないよ。純粋で、真っすぐで、とてもキレイ。 だから今日は、しかたがないから貴方と一緒に祝福してやろう。 メリークリスマス。 メリークリスマス。 窓の外の世界は白黒でもなく、寒くもなかった。 僕だけのサンタクロースが教えてくれた。 メリークリスマス。 End. (071225) |