words


□煙と恋と蒼い空。
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「目の前に学内禁煙て貼ってあるんだけど、キミ日本語読めないの?」

食後の一服をしていると突然降ってきた聞き覚えのある不吉な声に、俺はびくりと肩を揺らした。

校舎の裏側、昼間でもろくに日の当たらないようなこんな場所にまさかと思ったが、首を返して発見した人物は予想通り風紀委員長の雲雀だった。

まずいやつに見つかった。他の風紀委員なら喫煙を咎められても軽く捻ってやればすぐに自分の平穏は取り戻せるが、相手が雲雀となるとそうもいかない。

向こうが殺す気で仕掛けてくるのだから、こちらも相応の対応は迫られる。

「二年の獄寺隼人だよね?喫煙の常習犯。ここが学校だってわかってる?」

つかつかと歩み寄ってくる雲雀の腕には既に愛用のトンファーが鈍く輝いている。

穏やかでない雲雀の様子に俺は軽く腰を浮かせて、ベルトに挿してあるボムに指を滑らせた。

煙草を消すつもりも、やつの餌食になってやるつもりもない。

雲雀の間合いに入った瞬間が攻撃のタイミングと見定めて、ゆっくりと深く、息を吸う。

「ねぇ、聞いてるの?」
「果てろっ!!!」

雲雀がトンファーを水平に構えた瞬間、距離を詰めさせないために後ろに飛びのきながら、両手に構えたボムに着火し、素早く雲雀めがけて投げ付けた。

派手な爆発音と噴煙が巻き起こる。学校内だというのに盛大にやり過ぎたかと一瞬後悔したが、雲雀相手に手を抜くわけにはいかない。


ほっと息を吐いて、新しい煙草に火を点けた。さっきまで吸っていたものは爆風で吹き飛んでしまった。

独特の香りが口腔から鼻腔へと抜けていく。

「あと0.1秒早ければ危なかった。」

至近で響いたその声に、背中を冷たい汗が流れた。

首元にはひんやりとした金属の感触。

恐る恐る視線をやると、倒したはずの雲雀が俺の首にトンファーを押し当てて笑っていた。

「な、なかなかやるじゃねぇか。」
「君もね。おかげで少し服が焦げた。」

言われてみれば雲雀の制服の袖の辺りが黒く焦げている。渾身の攻撃もこの程度のダメージしか与えられなかったかと思うと情けなさが募るのは否めない。

「消しなよ、煙草。」
「やなこった。」

強がってはみるが状況は最悪だ。少しでも俺の手がボムを探るような動きをすれば、雲雀は容赦なく俺の首を殴打するだろう。

まさか死ぬことはないだろうが、骨折でもしたら大事だ。

仕留めたと思って早々に気を抜いた自分を今更ながら呪った。

「消す気、ないの?」
「てめぇに指図されるつもりはねぇ。」

雲雀の眉がすっと不機嫌そうに寄った。

やられる、そう思って歯を食いしばった。

「なら、取引しようか。」

しかし、繰り出されたのはトンファーの強烈な一撃ではなく、らしくない平和的な言葉。

呆気に取られて反応できずにいると、構う様子もなく雲雀は続ける。

「煙草吸ってもいいから、ちょっと僕に付き合いなよ。それで今回は目をつぶる。」

のどかな陽気に不釣り合いなトンファーは、未だに俺の首に触れるか触れないかの位置にある。この状況だと取引というよりは命令だ。

「どうなの。」

やつの言葉に従うのは釈だし、正直不気味でもあるが、徒に傷を増やすのも得策ではない。

俺が怪我をすると心配する人がいるのだから。

「わかった。その取引、応じるぜ。」

雲雀がトンファーを袖の中に戻したのを確認して、漸く胸を撫で下ろした。

「で、付き合うって何にだよ。他校に殴り込みにでも行くのか。」
「そんなことしないよ。いいから座れば。」

雲雀はそういうと、日に焼けて色が薄くなっている学内禁煙の貼紙を剥がして、それを地面に敷いてから腰を下ろした。よほど制服が汚れるのが嫌らしい。

しかたなく俺も促された通り、その横に座った。言い争うでも殴り合うでもなく、ただ雲雀と隣合って座っているというのは妙な気分だった。

向こうが一向に話を始めないのでどうしようもなく、俺は空に上っていく紫煙をぼんやりと眺めていた。不意に視線を感じて隣の雲雀をうかがえば、果たしてやつは俺の手にある煙草にじっと視線を注いでいた。

「それ、一本くれない?」
「煙草か?」

尋ね返すと雲雀は幼い子供のようにこくんと頷いた。

断る理由も特に見当たらないので新しいのを一本取り出して渡すと、それをくわえた雲雀は今度は「火」と小さく呟いた。

「風紀委員のくせに吸う気かよ。」
「いいだろ別に。早く点けなよ。」

出た。自分がこんなやり取りをしていると雲雀が年上だなんて思えなかった。といっても一歳しか変わらないから実際たいした差ではないが。

ポケットから出したライターを雲雀の煙草の元へ運ぶ。が、なかなか煙草に火がつかない。

「そのまま軽く息吸え。そうすっと簡単に点くから。」

煙草を口の先にくわえたまま、素直に俺の言葉に頷く雲雀はなんとなく間が抜けている。

ライターの先に揺らめく炎は雲雀が作った小さな気流に乗って煙草の先に小さな赤を点す。雲雀の呼吸に合わせて明滅するそれを確認して、俺はライターをしまった。

秋晴れの空に上る、二筋の煙。

「っげほ。」

順調に吸い出したかに見えた雲雀は、だが途端に煙に噎せて咳込み始めた。

あまり苦しそうで目尻に涙まで浮かべるものだから放っておくわけにもいかず、恐る恐る背中を摩ってやると、雲雀は振り払うこともなく俺の手を受け入れた。単に余裕がなかっただけかもしれないが。

「おまえもしかして初めてか?」

漸く落ち着いてきたところをそう尋ねれば、荒い息を整えながら雲雀は頷く。

「こんなもの、吸ったことあるはずないじゃない。臭いし、煙たいし。」

そう拗ねるみたいに口を尖らせると、さっさと煙草を石に押し付けて消してしまった。

並盛最強の不良と恐れられる雲雀が、煙草も吸ったことがなかったとは。意外というより、通り名の印象と不釣り合いで、実際に彼の戦闘能力を目の当たりにしていなければ本当にこいつがあの雲雀なのかと疑いたくなるだろう。

もっともこのアンバランスな子供っぽさこそが、雲雀が純粋に自分の武力のみで不良たちの頂点にのし上がったという証明なのかもしれないが。

「じゃあなんでいきなり吸おうとしたりすんだよ。」
「いいコだなんて言うから。」

脈絡が掴めない。誰がこの凶悪な子供に「いい子」だなんていうのだろう。

「僕はいいコなんかじゃないのにそんなこと言われてちょっとムカついた。煙草吸ってるとこでも見せたら、そんなこと言わなくなるかもしれないと思って試したけど…駄目だね。煙草なんて気分が悪くなるだけだ。あの人の言うように、僕はいいコなんだろうか。」

いいコはお前みたいに制服に武器仕込んだりしてねぇよ、と突っ込みかけて止めた。この至近距離で雲雀の攻撃をくらったら天国が見えると思う。

「別に煙草だけがいいコじゃねぇ証明じゃねぇだろ。」
「昨日草壁を付き合わせて酒を試したけど飲めなかった。」

そんなにへこむほどのことじゃないだろう。それは単に体質だ。


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