真夜中に、嫌な夢で目が醒めた。 目を開くと見えてしまった細い月は、笑みを浮かべるあの男の吊り上がった口のようだった。 忌まわしい過去は今でも時折滲み出すように夢となって僕に敗北の味を思い起こさせる。 舞い散る桜。 主の意を汲まない身体。 響く靴音。 あの男の笑う顔。 負けたことなどなかったのに。 いつもあそこで笑うのは僕だったのに。 目を閉じ、布団に潜り込んで耳を塞いでも、あの男の顔が、声が、消えない。 ドウデスカ這イツクバッテ舐メル敗北ノ味ハ? 案外イイモノデショウ?癖ニナリソウナクライ。 イイ顔デスヨ、雲雀恭弥。 ソソラレマスネ。 身体を引き裂かれる痛み。 崩れていく矜持の悲鳴。 声を上げまいと唇を噛んで、裂けた皮膚から溢れ出す血。 貶められ、辱められ、汚される。 必死で守ってきた僕を。 僕が生きるために築いた誇り高い僕を。 誰か、助けて。 そう言えれば、この胸の苦しさは和らいだだろうか。 でも僕は、その"誰か"を知らなかった。 呼ぶ名を探して舌は空転する。 誰か。 「恭弥。」 不意に与えられたその太陽のような声は、底のない過去へ沈んでいく僕を容易く掬い上げた。 握られた手。浸みる熱。 「怖い夢でも見たのか?」 大きな手が、僕の髪を撫でる。 「そういうときは、オレを呼べよ。」 貴方を呼ぶ。呼んで助けてもらうの?そんな無様なの御免だ。 「まあお前は助太刀なんて嫌いだろうから、お前が悪い夢に負けないようにこうして手ぇ握って見守るだけにしとくけどな。」 閉ざした視界。どこからが自分でどこまでが貴方なのか、繋がる手の平で混ざり合う熱がその境界を溶かしていく。 「だから安心しておやすみ。恭弥。」 その大きな手は僕の瞼を覆い、額には唇がかすめるように優しく触れていった。 そして再び訪れた睡魔に僕は身を委ねる。 今夜はもうあの男の夢を見ない気がする。 おやすみ。 ディーノ。 End. (071116) |