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□デスペラートな文化祭
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爽快な秋晴れの空の下、我らが並盛中学の文化祭が華々しく始まった。とくに娯楽もない地味な地方都市の並盛だけあって、並中の文化祭は街をあげての祭の様相を呈していて、近所の人たちが数多く訪れる賑やかなものだ。

今年の俺たちのクラスでは焼きそば屋とお化け屋敷、二つの模擬店を開いていて、どちらもなかなかの盛況ぶり。正直かなり忙しい。あまりテキパキ動けるタイプではない俺は終始クラスメイトに叱られっぱなしだった。

ようやく午前中の焼きそば屋の売り子を終えて自由の身になり、他の模擬店でも覗きに行こうかと思ったのだが、廊下に出たところで家庭教師のリボーンに捕まってしまった。つくづくツイてない。

まだ赤ん坊のくせにマフィアのボスの信頼厚い凄腕ヒットマン、というふざけた俺の家庭教師は、頼んでもいないのに俺をマフィアのボスにするといってわざわざイタリアからやってきた。やることなすことめちゃくちゃなリボーンに振り回されっぱなしの俺だが、今は少しだけ感謝している。リボーンのおかげで大事な友達もできたし、好きな女の子と仲良くなることができたから。

もっとも、迷惑することのほうが多いのだが。

今日も突然学校に現れたリボーンに不安を禁じえず、自然と腰が引けてしまう。行事にこいつが絡むとろくなことにならないと経験が告げているのだ。

「ツナ、ディーノが来てるぞ。案内してやれ。」

だから、リボーンからそう言われたときは正直驚いた。あまりに普通なことを言われたからだ。

ディーノさんは俺の前のリボーンの生徒で、若くしてマフィアのボスを継いでバリバリ仕事してる外見も中身も文句なしに超かっこいい人。俺のことも弟分だって言って可愛がってくれて、すごく優しくて頼りがいがある。内心憧れているんだけれど、俺なんかじゃ今のあの人と同じ歳になっても到底追いつける気がしない。

そんなディーノさんの案内なら、リボーンに言われなくても喜んで買ってでる。俺は二つ返事でOKした。ディーノさんに会うのは久しぶりだから少し緊張するけど、やっぱりうれしい。

そうこうしているうちに、廊下の向こうの方からキラキラ光る金髪を揺らして長身の男が歩いてくるのが見えた。どうやらこちらに手を振っているらしい。間違いない、ディーノさんだ。

こちらからも手を振り返そうとしたそのときだった。

ディーノさんはカパカパする来客用のスリッパに足を取られて盛大にすっ転んだ。さっきまで芸能人でも見るように目を輝かせていた女子たちが、そのあまりに情けないコケっぷりに堪え切れない笑い声を漏らしている。

「リボーン、まさか…」

俺は確認せずにはいられなかった。

「今日は部下たちはいねーぞ。中学生をビビらさねぇように門の外に待たせてるみてぇだ。」

恐ろしい言葉を残してリボーンは姿をくらませた。

ディーノさんは本当になんでもできてめちゃくちゃかっこいい人なんだ。部下さえいれば。

天性のボス気質とでもいうのか、あの人には部下の前でないとさっぱり自分の能力を発揮できないという唯一で最大の弱点がある。そして、部下がいなくてへなちょこのときのディーノさんは、あのかっこいいディーノさんと同一人物であることを否定したくなるくらい、カッコ悪い。

「ツナ、久しぶりだな。」

気付けば俺のすぐ隣に立っていたディーノさんは、よく見るとすごい風体だった。キレイな金髪にはところどころキャベツが絡んでいて、顔にはソースらしきものが飛んでいる。額にはタンコブみたいなのができているし、右足はなぜか膝までずぶ濡れで、ジャケットの左袖は肘の辺りでざっくり裂けていた。いったいどうしてそんな風になってしまったのか聞くのも恐ろしい。

「ん?ああ、コレか?いやぁ〜途中でちょっとドジ踏んじまってな。」

俺の視線に気付いて、ディーノさんは頭を掻きながらそう言った。嘘だ。「ちょっと」のドジでそんなになるもんか。

今からこの人を連れて文化祭を回らなければならないと思うと眩暈がしそうだ。やっぱりリボーンが言い出したことにいいことなんてなかった。

「で、ツナは何屋さんやってるんだ?」

俺の苦悩をよそに、話しかけてくるディーノさんは明るい。マフィアのボスだなんて信じられないくらい人懐っこい笑顔と飾りっけのない言葉に、しかたがないからしばらく面倒を見ようという気になってしまう。

「俺のクラスは焼きそば屋とお化け屋敷ですよ。」
「そうか!どっちもさっき行ってきたぜ。なかなかのもんだった。」

ありがとうございます、と言いながら俺が浮かべたのは苦笑いだった。頭のキャベツと顔のソース。この人絶対屋台に突っ込んだんだ、と泣きたくなる。もしかしたらお化け屋敷のセットも壊してきたのかもしれない。

「焼きそばのとこでスモーキンボムに会ったんだ。」

ディーノさんが行ったときは獄寺君が売り子だったんだ。嫌な予感がする。

「声かけたらいきなり攻撃してくるからさすがにビビったぜ。ボムを鞭で叩き落とそうとしたんだが自分の足に絡んで、キャベツの山に飛び込んじまったんだ。」

と、恥ずかしそうにディーノさんは話す。予想が的中してしまった。今頃屋台の方は復旧作業にてんてこ舞いなんだろうな。背中を嫌な汗が流れた。

「で、お化け屋敷行ったんだけど、あれマジで怖ぇな。あんまり怖いからエンツィオ放り投げちまったぜ。しかも落ちたところが水溜まりでさぁ。」

エンツィオっていうのはディーノさんのペットの亀だ。普段は手の平サイズなんだけど、水に濡らすと巨大化して凶暴になる。でも、校舎が破壊されるような音は聞いていない。エンツィオは暴れなかったんだろうか。

「でもたまたまお化け役だった山本がすぐに拾って投げ返してくれたんだ。だから濡れたけどそんなにでかくならなかったんだ。ほんと良かったぜ。」

そうか、山本が。よかった。あれが暴れたら文化祭中止どころが学校自体廃墟になってしまう。

ん?山本が、投げた?

「しかし山本の肩はすげぇな。情けないことにオレがキャッチできなくてタンコブ作っちまったぜ。」

それはそうだろう。普段は温厚な山本だけど野球が絡むと人が変わる。投げさせたらなんでも豪速球だ。赤く腫れた額は痛々しいが、コブを作るくらいですんでよかったと俺はほっと胸を撫で下ろした。

「あ、あとボクシング部のところで笹川兄妹に会ったぜ。」
「きょ、京子ちゃんたちに?」

京子ちゃんは俺が片思い中の人。名前が出ただけで急にドキドキしてきた。

「極限ラーメンてのを売っててな、旨かったぜ。ツナもまだなら食いに行ってみろ。」

そこでは何もトラブル起こさなかったんだ。よかった。

「オレなんでか途中で手が滑ってスープの鍋こかしちまったから今日は無理かもしんねぇけどな。」

やってた。しかもスープってラーメンの命じゃないか。がっくり肩を落としているディーノさんを慰めようという気がちっとも起こらないのは何故だろう。

「…結構回ったみたいですけど、あとどこの模擬店に行きたいですか?」

これ以上ディーノさんが巻き起こしてきた惨状を聞きたくなくて、俺は引き攣り気味で尋ねた。

「んー模擬店はいいんだ。」

じゃあどこ行きたいんですか。正直俺はこのまま帰ってほしい。

「恭弥に会いたいんだけど、あいつどこにいる?リボーンに聞いたらツナが知ってるって教えてくれてな。」



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