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□knock your...
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面倒なことになった。

僕はオーク材の扉の前で、ひとり盛大な溜息を吐く。

ここ数日掛かり切りになっていた仕事が片付いたのは昨日のこと。それというのも、今日の日だけは何がなんでも開けておいてくれと、金髪のにやけ顔男が毎年しつこく言ってくるのを不意に思い出して、いささか強引に事を進めて切り上げたからだ。

別に、あの男との約束が大事だとか、そういうわけではない。約束を破った後のあの男の反応は面倒この上ないし、10年ほど続くこの関係上、習慣になってしまっている。ただそれだけのことだ。それだけのこと。

と、なんだかんだと理由をつけて自分の小さな矜持を守っているだけだということは、僕自身納得しているわけだが。

「ねぇ、早く開けなよ」

ぴたりと閉じられた扉に投げかけて言葉に対する反応はない。もうかれこれ30分はこんな状態が続いている。

当初は「待って」だの「今はダメだ」だの、扉を開けない言い訳めいた言葉が蚊の鳴くような声で聞こえていたが、今やそれもない。さながら天岩戸にひきこもったアマテラスのようだ、とでもいえば聞こえもいいが、そんな大層なものではない。

おそらく、30を過ぎたいい大人とも思えないような理由で閉じこもっているのだ。

気の毒な彼の部下によると、今日は朝からずっとこの調子らしく、ろくに仕事もしていないようだ。僕は何年も前から外見年齢が変わらない髭眼鏡から、屋敷に入るなりこの事情を聞かされ、恨みがましい目で見られた。

“なんとかしてくれ、どうせお前さん絡みなんだから”

言外に送られた圧力に屈するわけではないが、この面倒くさい状況をどうにかしないかぎり、僕自身が手詰まりなのも事実だった。これではなんのために仕事終わりに休息も取らず彼の屋敷までバイクを飛ばしたのかわからない。

いつもはこちらが何かしなくたって勝手にまとわりついて、ずかずかと入り込んでくるくせに。よりによってどうして今日、この日に、こんな面倒なことになっているのか。

無遠慮に踏み入ってくるその足音が恐ろしく、扉を閉ざすのはいつも僕の方だったのに。

そのたびに彼は、うまいハンバーグの店を見つけたんだとか、しばらく休みだから今日は本気でバトルできるだとか、僕が好みそうなことをたくさんたくさん並べたてた。そして、半ば根負けした僕が扉を開けると、満面の笑みで僕の頭を撫でるのだ。

今度は僕がそれをする番だとでも?

「あなたが好きなもの、ねぇ」

人差し指を顎に当てて浮かんだ答えはあまりにも自意識過剰めいていて、僕は苦い表情になる。

「まったく、アマテラスを岩戸から出てこさせるためにアメノウズメがそうしたように、僕がここでストリップでもすればあなたは満足なわけ」

自嘲気味に声を張り上げたその言葉は、だが引きこもりの太陽には思いのほか効果があったらしく、「あ」とか「う」とか言葉にならない呻き声のような何かが聞こえ、次いでどたんばたんと盛大な騒音が鳴り響いた。驚きを隠せず、僕は目を丸くする。

その数秒後。

あれだけ怒鳴っても脅しても開かなかった岩戸の扉が、それはもういとも容易く開かれてしまった。

「きょ、恭弥の身体をこんな、誰から見られるかわからないようなとこで晒させるわけにいくかっ!!」

勢いよく内側から扉を開いた男は、僕の肩をひっつかんで、さっきまでの小声が嘘のような馬鹿でかい声で叫んだ。なんて、かっこわるい。僕はすかさず袖口の得物を構えて、恥ずかしい三十路男の脇腹に容赦ない一撃を叩き込んだ。

悶絶とともに、ふわふわの絨毯の床に転がる身体。

その頭を見下ろす位置に立って、僕はもう一度武器を構える。

「やあ、ずいぶん待たせるじゃないか。僕は気が長い方じゃないってことぐらい、とっくに知ってるかと思ってたんだけど?」
男が出てくるまでは、どうやって状況を打開するかで頭がいっぱいで怒りなど忘れていたが、実際目の前に彼が現れてみると安堵以上にふつふつとマグマのように怒りが湧き上がってきた。

「ちょ、ちょ、たんま!きょーや、話せばわかるっ!!」
「問答無用」

人体を殴打する音と、無様な悲鳴が広大な屋敷に響き渡った。





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