Blanches fleur
□何度でも
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朝、太陽にしこたま光を浴びせかけられて目を覚ます。
うちを抱き締めたまま、まだ眠りこけている黄蓮の癖のない綺麗な髪に手を伸ばす。
――いつもの朝。
「起きィや、黄蓮」
「お天道さんはもう出てんねんで」
何度か軽く頭を叩くが、黄蓮は起きるどころか動く気配すら見せない。
「黄れ……わっ!」
再び彼の腕の中に閉じ込められる。
せっかく頭結うてきたのに、などと抗議はしてみるものの、口先だけで本当は嬉しいのは厭というほど自覚している。
それでも巫姫たちの定例会に遅れるわけにはいかないので、黄蓮を起こす作業は続けなければならない。
「黄蓮、いい加減に…」
口を開いた途端、黄蓮の瞳もうっすらと開かれた。
綺麗な緋い瞳がぼんやりと、けれど確かに紅葉を捉えた。
ぎゅう、と腕に力が籠る。
紅葉の耳元に零れ落ちた吐息は滅多に口にしない恋慕を形作って。
「…あいしてる」
「……おう、れ」
「あいしてる……くれは…」
高鳴る鼓動。
熱くなる頬。
籠められる力。
重ねられる詞。
抱き寄せられた胸元は確かに知ったものなのに、その持ち主は全く違う貌を見せる。
なにこれ、どういうこと、と自問するが誰も答えを示してくれない。
「あの、」
「…ふぁ……あれ、紅葉何してんの」
大あくびの後、目を擦りながら何でもなさそうに黄蓮が言う。
愛辞の弾みに黄蓮の寝間着を握りしめていたことに気づいて、慌てて手を放したが遅かった。
にやにやしながら、彼は意地悪く彼女に問いかける。
「何だよ、寂しかったのか?」
「あ…っアホ!アンタがうちのこと引きずりこんだんやろ!」
「記憶にございません」
しれっと言い返す黄蓮に思わず、
「大体アンタがけったいなこと言い出すから…」
言い返してから、しまったと思った。
問い詰められたら説明できない。
黄蓮は案の定笑みを濃くして紅葉に迫った。
「なに、俺何か変なこと言った?」
「…べ、別に」
「素直じゃねえの」
目を逸らそうとする紅葉の顎を掬い上げて固定した。
目線を確り交えて、今度は笑みを消す。
「言ってみ」
彼女は、尚も目を逸らそうとする。
「こっち見ろよ、紅葉」
びくん、と肩を跳ねさせた紅葉はちらりと黄蓮を見やって、観念したように口を開いた。
「…さっき」
「ん?」
「黄蓮が、うちに」
「うん」
「あ…いしてるって…」
「それで?」
「…………は?」
思わず聞き返す。
それでって何だ。
どんな解答を求めてるんだ。
「アンタ…恥ずかしないの?」
「なんで」
「なんでて…」
考え込むと、黄蓮はまた尋ねてきた。
「じゃあさ、紅葉はそう言われてどう思った?」
「……嬉しかった、けど」
「じゃあいいじゃん」
「ちゃうねん!」
嬉しかったけど、それは違う。
だってあれは『黄蓮』じゃなかった。
黄蓮の姿をしていたけれど、何かが違った。
「ちゃうねんて…」
「じゃあどうして欲しいの」
どうして欲しい、って何だ。
うちは何を望んでる?
いつもいつも心の底に仕舞いこんでいたのは――
「もう一回」
「ん?」
「もう一回…ちゃんと聞かせて、アンタの気持ち」
「いーよ」
ぱっと顎を捉えていた手を放し、再度紅葉を抱きしめる。
しっかりと、その言葉を染み込ませるように囁く。
「愛してるよ、紅葉」
「……ほんと?」
「疑うなら何度だって言ってやるよ」
彼が背中に回した手は、先刻よりも強く優しく紅葉を捕らえた。
ずっとずっと、こうして抱き締めてくれているのは知っていた。
愛されていると気づいていた。
けれど、確かな言葉が欲しくなるのが女というもの。
街角で交わされる愛の言葉がいつも羨ましかった。
けれど、それを求めたら今の心地良い関係が崩れてしまうのではないかと怖かった。
「黄蓮…っ」
「泣くなよ、バカ紅葉」
「…誰がバカやねん…」
抱き締められた胸元は、確かに彼のものだった。
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前回の荒々しさとは逆に『繊細さ』みたいなものを。
いつも豪快なアノ子だって乙女モードで言葉を待ってるかもしれません。