Blanches fleur

□紅月懇願
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巫姫の褥から荒い息が聞こえる。
それは何か濡れた響きを含んではいるが、男女のまぐわいがあるかといえば、そんなことはない。


押し殺したような、低い男の声が荒い息に重なる。

「主…お願いですから…隣の、宮に…ッ」

懇願するような男の声に答えたのは、静かな少女の声だった。

「行かないって言ったはずよ」

獣のように四つん這いになった男の下に組み伏せられた少女。
しかし、動揺しているのは男の方だった。

「分かってください…このままじゃ…貴女を壊してしまう…」
「漆夜、貴方は私の神使なの。離れるわけにはいかないわ」

少女は両の手を伸べ、そっと彼の頬に触れた。
男――漆夜はそれに過剰な迄に反応する。

「止めて、ください…本当に……抑えきれなくなる…」

床に立てた爪が、ぎり、と音を発てた。



満月がもたらす破壊衝動。
彼の中の『獣』は、彼女の肉を引き裂きたい、その血を啜りたいと喚き、彼の中の『雄』は彼女の胎内に猛った熱を打ち込みたいと暴れる。

それを抑え込む理性は本当に脆いもので、触れられただけでその場所が熱を持ち、簡単にばらばらに砕けそうになる。

主を手に掛けるわけにはいかないと自分に言い聞かせ始めて、もう四半刻。
隣の紅ノ宮に逃げてさえくれれば少しの自傷で済むものを、主はそれを嫌がって未だに彼の下にいる。

「耀…私は貴女を傷付けたくはない…」
「私も同じよ」

鋭い蒼眸を静かに受け止めて、耀と呼ばれた少女は言う。

「私が行けば、貴方はまた自分を傷付けるんでしょ」
「…耀を傷つけるより、ましだ」
「肉体的にはね。でも貴方が自傷することで私の心が痛むの」

分かる?と彼に問いかける瞳は深い夜空の黒。
その瞳に彼は弱い。

「しかしッ…だからといって…」


全身が震える。
『獣』も『雄』も、もう待ちきれないと牙を研いでいる。
俯いたことで、普段結い上げている長い黒髪が肩から零れ落ち、紗幕のように彼らの視界を切り取った。

「あき、ら」

掠れた低い声。
しかしその声は欲望に濡れて、甘く響く。
その声を受けて、彼女は彼の首に腕を回して抱き締めた。

「抱けばいい。それで楽になるんでしょ」

言葉とは裏腹に、彼を包み込むような声。
漆夜の蒼い瞳が見開かれる。

「しかし…」
「私は漆夜が好きなの。だから抱かれてもいい。…ううん、」




「抱かれたいの」



夜空色の瞳が彼を射抜く。
暫く彼女を見つめてから、溜め息を吐いた。

彼女の耳元で掠れた吐息だけで呟く。


「加減は、出来ない」


「お前の匂いにあてられて興奮してるなんてものじゃないからな」



普段とは違う粗い言葉遣い。
それに対して耀は悪戯っぽく笑ってみせた。



「上等。――おいで」





紅い月が雲居から現れ、その光で以て彼等の肢体を照らし出した瞬間、彼女の白い首筋に、漆夜の牙が甘く突き立てられた。




****

男の欲望ってのを書いてみたかったんです。
その荒々しさを表現したかったんですが…どうなんだろう。
上手く表現できてると…いいな…!


満月のたびにどっか行ってろって言われて、最初は従ってた耀ですが、帰ると血塗れの漆夜がいる。
問い詰めると、満月の破壊衝動を抑えるために自分を傷つけているとのこと。
そんなことするなら私を抱けばいい。


とまあそんな流れです。ざっくりですが。




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