◆サプリメント◆

□【2日目】
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あらかた荷物を片付け終わった時だった。

もっともポピュラーなインターホンの音が、室内に響き渡る。


「ん? 誰だろう?」


本日、この学園に初訪問をした身である俺には、当然のように知り合いなどいない。この部屋に遊びにくる人物は、まだいないのだ。

空耳か、と首を傾げている間に、もう一度インターホンが鳴った。

どうやら聞き間違いなどではないらしい。


「……まさか、あの男じゃーないよね」


昼間、助けてやった恩を仇で返しやがった腐れ外道が脳裏を横切って、忘れようとしていた怒りが湧いてくる。

あれがファーストキスだった、なんて可愛いことを言うつもりはない。それこそ女の子となら何十回と行ってきたことだし、それより濃ゆい行為もしている。

だが、許せないものは許せないのだ。
どんなに綺麗な顔をした男でも、されたくないものはされたくない。男とキスするぐらいなら、どんな容姿でも構わないから女の子としたい。
それが、男心というやつだ。


「この恨み、どうしてくれようか」


思い出したくもない感触が唇に甦り、服の袖でゴシゴシ拭った。
血が出たっていい。むしろ、新品と取り替えたいぐらいだ。

そんな風に寝室でもたもたしていたら、インターホンを鳴らしている主は痺れを切らしたのか、連続ピンポンし始めた。しかも、借金取り風味のヤクザ屋さんみたいに、扉を叩かれる始末。


「あぁ煩いな。今出るってば」


ピンポンとドンドンを同時にかましてくださる所業に、俺の心中が嫌でも荒れる。
髪をかき上げながら居間へ出ると、そのまま玄関へ向かい、オートロックになっている扉を乱暴に開けた。

ゴンッという鈍い音。先程まで喧しかった騒音が治まる。


「いってぇ……」


どうやら、扉をぶつけてしまったみたいだ。ここは男として謝るべきか?

顔を押さえてうずくまる人物に手を伸ばした瞬間、違う方向から伸びてきた手に阻まれる。


「あぁ、触ったらあかんよ。噛み付かれる」


俺の邪魔をした人物がニッと笑う。
美形だ。むかつくほど顔が整っている。長めの金髪をヘアピンで留めてみせるオシャレ加減に、こいつは俺よりモテると確信した。

つまり、敵だ。


「誰、あんた」


自然と俺の声に険が宿る。


「うっわ冷たい反応やな。これから一緒にやってく相手さかい、もうちょっと仲良うなったろーとか思わんの?」
「男と馴れ合う趣味はない」


きっぱり宣言する俺に、関西弁の青年は吹き出した。何がそんなに面白かったのか、うっすら涙を浮かべて俺の肩を叩いてくる。


「ええ性格しとんなぁ。気に入ったわ」
「俺は気に入らないって言ってんの」


話しわかんない? とわざと馬鹿にして訊いてみたが、相手はどこ吹く風で、頼んでもいない自己紹介を勝手にする。


「俺、朝居千里〈アサイセンリ〉って言うねん。二年一組。あんたとは同じクラスやで」
「最悪」
「んでもって、部屋もお隣や。気兼ねなく、いつでも訪ねてきてな」
「絶対行かない」
「あぁ、それより腹減ってないか? 一緒に飯食いに行こか」


どうしよう。同じ日本語で話しているはずなのに、意思の疎通ができていない。それとも彼は、物事を反対の意味で捉えてしまう天邪鬼さんなのだろうか。だから、会話ができないのだろうか。

いくら邪険に扱っても笑顔を絶やさない関西人、朝居をそう判断して、ものは試しにニッコリ笑いかけてみる。


「あー確かにお腹すいたかも」
「そうやろ、そうやろ。なんつっても、もう七時。健全な学生がこれ以上何も食べんかったら、餓死してまうからな」
「あははーそうだな」


俺の理論が合っていれば、これでやつは俺に構うまい。きっと今にも嫌そうな顔をするはずだ。
俺に対する興味は消失、朝居は一人で食堂に突撃、俺は部屋でのんびりできるだろう。






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