大河 短編

□だって、笑うから
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嫌いだった。


だって、本当屁理屈で、いつも文句や厭味ばかり。
今日の日直の仕事だって、全部私がやっている。
黒板の右の端には、私の氏名の隣にちゃんと清水大河と書かれているのに。
そんな文句が言えるほど彼とは仲良くない。
結局私ひとりでやってしまうからいけないのだと言われてしまえば終わりだけれど。
でも今日の仕事は日誌を書くだけで片付いてしまう。


もう誰も居なくなった教室でひとり、戸締りをする。
日誌を書き終えれば、あとは黒板に書かれた日直の氏名を次の人に書き直すだけ。
名前を確認して黒板消しを手にしたのと、教室の扉が気だるそうに開いたのは同じだった。


扉の向こうにいるのは、今まさに名前を消そうと思っていた本人。


「…あれ、まだ残ってんの?」
「うん。清水くんは部活?」
「そ。…って、え?」
「…え?」


何をしているのか見られた瞬間、彼は今日初めて黒板を見たかのような声を上げた。


「今日、僕日直だった?」
「…そうだけど…」
「うわ、ごめん!!」
「…え?」
「全っ然気付かなかった!!」
「別に、平気だよ?」
「今度何か奢るよ!」
「大丈夫だって…」


意外だった。
普段の彼なら「何で言ってくんないの?」とか「一人で全部しちゃったじゃん」とか言いそうなのに。
本当に悪かったと何故か精一杯謝ってくる。


「本当、平気だよ。気にしないで。清水くん部活頑張ってるみたいだし…」
「…ありがと。じゃあさ、次の試合見に来てよ。僕投げるかもしれないからさ。」
「うん」


初めてこんなに会話をした気がする。
彼にとってはただの口約束なのかもしれないけれど、本当に見に行ってみようかなと思う。


「本当ごめん!気をつけて帰れよー」
「……、」


いつも教室にいる彼は、屁理屈で、いつも文句や厭味ばかり言うから、嫌いだった。
でも、少し清水くんへの印象が変わった。
どうしよう。
それ以上に、好きになりそう。


だって、教室から出て行く時、綺麗な顔で笑ったから。




END


2007/05/12
春瀬琴音


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