大河 短編

□ひねくれ者で、不器用で
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「僕のこと好きでしょ?」
「…は?」
「好きじゃない?」
「それはどういう意味?」
「好きか嫌いか聞いてんの」
「嫌い…何かじゃないけど…」
「じゃあ今から僕の彼女ね。」
「…は?」


考えてみれば、初めからどこか歪んでいた。
友達と話をしていれば「宿題忘れた。ノート見せて」とそのままノート共々連行。
お昼休みは決まって「食堂行くでしょ?」だとか「弁当わけてよ」だとか、本当自己中心的。


大河はいつも遠まわしに私を縛る。
友達のころから変わらずに。
必死に言葉を考えている大河は可愛いから嫌じゃないけれど。
ただ、嬉しいことは「嬉しい」、楽しいことは「楽しい」とあまり言わないような気がする。


私と付き合っていく内に、もっともっと笑ってくれるようになればいいのに。


「絶対来てよ、明日の試合。」
「…何で?」
「先発だから」
「わかった」


太陽が容赦なく照り付ける野球場。
風もなく、ただ蒸し暑いだけのこんな場所でよく野球なんか出来るな、と顔を歪め1塁側の応援席に続く階段を昇っていた。
ちょうど試合開始時間に来たはずだったが、前の対戦がコールドで終わっていたらしい。
予定よりも早く始まった試合は、4回の表だった。
後攻のようで、今大河はマウンドに立っている。
けれど、試合の進行をよく見れば既に2点取られ、負けていた。
その回を何とかやりすごしても、聖秀に流れはやってこない。
どちらかといえば守りの時間の方が長く、6回を迎えたとき、大河はもう疲れきっていた。


元々、何かを背負えるタイプではないのだ。
チームの勝敗だとか、セカンドにいるランナーだとか。
そういった負担を抱えてしまえばすぐに逃げてしまうのが大河の悪いところ。
マウンドに立ってしまえば、逃げ場はない。
客観視しすぎているから、本来見なければならないことが見えなくなってしまう。


次の打者は4番。
1塁側のずっと後方の応援席からでも大河が肩で息をしているのがわかってしまう。


見ていられなくなった私は、走り出した。
向かうのは大河がいるマウンドの正面。
階段を勢いよく下って、金網に手をかける。


「何やってんのよ、大河!!」


周りの目なんて、どうでもよかった。


私の声は大河に届いたようで、驚いた顔をこちらに向ける。
そして、バッターボックスに視線を戻した。
帽子のせいで表情は口元しか見えないけれど、笑っていた。








「今日、どこから見てた?」


あのあと、調子を取り戻した大河は4番の打者を抑え、好ピッチングを続けた。
そこから完全に流れを持ってきた聖秀は無事に逆転勝ちを決める。
選手控室の傍で大河を待っていると、不貞腐れた表情で出てきたと思えば開口一番、そんな言葉。


「1塁側の一番後ろ。」
「はぁ?何で最初から正面で見てないの!?」
「…何それ。」
「……来てないのかと思ったんだよ。」


ひねくれ者で、不器用だから。
大河には私が必要なのだ。




END


2007/05/12
春瀬琴音


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