Treasure

□世界の定義
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カッコイイ男というのは、


「やっぱりバトルが強いことですか?」
「あら、お金持ちもいいわよ?あと顔は譲れないわねっ」
「ボクは、優しいひとが…」
「うちはやっぱり強いやつやね!私を片手で倒せるくらい強いやつやったら惚れるったいっ」
「…それはなかなか難しいわね」




「……」




ドアを開けた瞬間に飛び込んできた黄色い会話。自身の家であるはずなのに明らかに近寄りがたい空気は、恐らく気のせいではないのだろう。

「あらレッド、どうしたの」
「飲み物もってこいって言ったのブルーだろ…」

そういえばそうだったわね、と笑うブルーにため息を付く。
時たま図鑑所有者の交流会と称して何処かに集まるのは恒例になっていて、今回はレッドの家が選ばれた。男達は買い出しに追い出されたが、ホストにあたるレッドだけはそれを許されなかったがために、今お茶を運んでいる。
もう少ししたらジュースがくるといっても聞く耳を持たないブルーに呆れつつ、…ある意味では慣れてきている自分に呆れつつ…運んできた結果が、冒頭の会話だ。
とりあえずクリスにお盆ごと渡してすぐに退散する。男である自分がいてはよくないというのは、流石のレッドでもわかった。

「俺も買い出し手伝ってくるなーっ」

返事は聞かずにピカチュウを連れて家を出る。飲み物と一緒にいくらかの有り合わせの茶菓子も渡してきたから、暫くは持つだろう。女性の会話というのはどうも苦手だ。
それは自分だけでは無く、世間一般の年頃の男性の真っ当な意見であろうと思いつつ、レッドは晴れたマサラの空の下を歩く。明け方に降ったらしい雨によって生まれた水溜まりは澄んでいて、本物の空以上に鮮明な水色をしているのが、どうも不思議で仕方がない。

「カッコイイ男、ねぇ…」

バトルが強い、金持ち、顔、優しい、腕っ節。そんなものが上げられていたが、なかなかに定義が難しいものなのではないか、と男の立場から考えてしまう。バトルが強くても、金持ちでも、顔がよくても、優しくても、腕っ節が強くても、かっこよくないやつはかっこよくないものだ。
ようは、カッコイイかどうかは個人の主観に基づくものだろう。自分も誰かからカッコイイと思われたいと思うけれど、自分が出した結論からすると、それは大層難しい課題だ。
のんびりと空を飛ぶポッポと揺れるピカチュウの尻尾を見ながら歩いていたレッドの目の前、いくらか騒がしい集団が見えてくる。
一際騒がしい黒髪、皮肉な笑みを浮かべながら応酬している赤髪、あくびをしながら歩いている金髪、見上げた空にいるポッポの毛並みに感激しているらしい不思議な帽子。纏まりのないカラーリングに思わず笑いそうになっていると、レッドに気付いたらしいゴールドが声をあげる。

「レッド先輩、どうしたんですかーっ?」
「買い出し、手伝おうと思って!」
「もう終わりましたよー今から帰りますっ!」

大量のスナックが入っているのであろう袋をがさがさと鳴らしながら近付いてきた一団に合流し、少し後ろを見れば探していた明るい髪色の青年が見つかる。再度言い合いという名のじゃれあいを始めたゴールドとシルバーから、歩幅を緩めることで後ろに下がりその青年に並ぶと、青年…グリーンはレッドを一瞥し、小さく溜息をついてみせた。

「引率お疲れさん」
「…たいしたことじゃない」

グリーンの手元を見れば、前の集団よりも明らかに重そうなペットボトルの詰まった袋がある。時たまルビーが申し訳なさそうに振り返るところをみると、グリーンが何も言わずに1番重いものを手に取り店を出たのであろうことが容易に想像できてしまって、相変わらずの性格に笑みが浮かんでしまう。

「グリーンって、カッコイイよな」
「……」
「……」
「…なんだ、突然」

不機嫌そうに寄せられた眉と不機嫌そうな声。けれど、グリーンのその不自然な間と仕種や声が、照れているとき特有のものだということを、レッドは知っている。
白いワイシャツに洗いざらしのジーンズ。いつも身につけているペンダントは、この暑い日には不快なのか外されている。
飾りっ気のない恰好でなおグリーンは人目を引く。結構な付き合いになるのに相変わらず仕組みのわからない髪型でさえも、彼のものであれば格好よく見えてしまうのだから、世の中不公平だ。
もっとも、自分がカッコイイと思う理由は外見的なことではないけれど。

「てりゃっ」
「っあ、おい!?」

グリーンからビニール袋を引ったくる。思っていた以上に重いそれに崩した体勢を一回転することで持ち直し、その勢いのまま駆け出せば、後を追い掛けてくる足音と笑いと驚きの混ざった野次。

「レッド!」
「グリーン一人かっこいいなんて不公平だろーっ」
「何の話だっ!?」

心なし楽しそうに後を追ってくるピカチュウにグリーンが並んだのか、かわいらしい鳴き声が一つ。
晴れ渡りポッポが飛ぶマサラの空の下、追いかけっこをしている幼いとは言えない年齢の自分達は、はたからみればかっこよくもなんともないだろう。
振り返れば、眉根を寄せているだろうと思われた人の困ったような笑顔があった。付き合いが長くなければ気付けないようなそれはやはりかっこよくしか見えなくて、縮まってきた距離を離すために地面を蹴る力を強くする。
バトルが強くても、金持ちでも、顔がよくても、優しくても、腕っ節が強くても。
好きな人が1番かっこいい、それは世界の定義だと思うんだ。





(あれ、じゃあ俺も、グリーンにカッコイイって思われてるかな?)
(…よくわからんが、お前はいい男だろ)
(……、…それは、どうも)
(?)





赤くなった顔を隠す俺は、我ながら格好悪かった。

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