H×B

無妄之福
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「先輩、お待たせしました。…先輩?」

画材を片付ける数分間。その間、籠もっていた準備室から部室に戻る。
その刹那、片づけ終わるまで待っていてくれると言っていた先輩に声を掛けた。…けど、返事がない。
少し不思議に思って、部室の中を見回す。

…外はすっかり夕暮れで、この部室にもその光が差し込んでいて。

―…そんな、オレンジ色に染まる部室の壁際。それに凭れる様にして、転た寝をしてしまっている先輩を見付けた。

「…先輩…少し無防備過ぎじゃないですか…?」

そんな無防備に寝顔を晒されては私が困る。

「私じゃなく…他の誰かに見られたら…」

それは単なる独占欲なんだけど…困るものは困る。
だって…先輩の寝顔は…。

「可愛すぎるんですよ…」

そう。思わず、悪戯をしたくなる程に。

「先輩…」

そっと頬へと手を伸ばしてみる。触れた瞬間、ピクリと先輩の睫毛が震えた。
一瞬起こしてしまったかと思ったけど…どうやらそうではなく、只の反射らしい。
…そうなると、どの程度までなら触れても大丈夫なのか。という興味も湧いてくる。

指先で触れただけだった頬に、そっと掌を添えてみた。

…起きない。

その手をゆっくりと動かし、頬を撫でる。

…起きない。

親指で、唇をなぞってみた。

…少しピクリと反応するだけで、やはり起きる気配はない。

「…、…先輩」

―…あぁ、もう。この人は本当に…。

ここまで触れても起きないのは…本気で寝入ってしまってるのか。
それとも本当は起きていて、私をからかっているのか。

「…どっちでも、良いわ」

そう、どっちでも良い。
結局、私の眼前に無防備な姿を晒している事に違いはない。

「…、…」

魔が差したといえば、その通りで。我慢できなかったといえば、それもその通りで。

どちらも正論、等と頭の片隅で思いながら。

―…私は先輩の唇に自分のそれを重ねた。


◇◇◇


「ん……ゆ…かり?」
「あ、先輩。目、覚めましたか?」

暫くして。
どうやら本気で眠っていたらしい先輩が目を覚ました。
ここが部室だと気付くと、少しだけ頬を朱に染めながら恥ずかしそうに俯く。
そして一言、「ごめんなさい」と謝ってくる。

そんな先輩に、苦笑を一つ。

「いえ…謝るのは私の方ですよ、先輩」
「…何故、ゆかりが謝るの?」
「起こさずに、先輩の寝顔をずっと見てましたから」
「ぇ…あ…ぅ…っ」

この上ない。と言えそうなくらい、頬を紅く染める先輩。

やっぱり、可愛い。
年上相手に、つい、そんな事を思ってしまう。


「…さ、先輩。帰りましょう?」
「そう…ね。…ねぇ、ゆかり?」
「なんですか?」
「その…私が寝てる間、何かした?」
「…何かって、何ですか?」
「あ…その…な、何もしてないなら良いのよ」

―…夢。そう、夢だわ。きっと。

そんな先輩の呟きが、聞こえた気がした。


―…寝ていた時に私がした事を話したらどうなるのか。

なんて。

先輩の顔を見ながら、そんな事ばかりを考えていた…―



−FIN−



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