Free! クラゲ姫SS
高校を卒業して数ヶ月。一人暮らしにも岩鳶SCのバイトにも慣れてきた。新しく友人も出来たし、同じ大学に進学し、部屋も隣の宗介とも仲良くやっている。
愛ちゃんからは後輩の指導を頼まれているが、OBが出しゃばるのもどうかと思い、鮫柄には顔を出していない。
岩鳶SCでのバイトがあるので、そこでたゆたうことはさせてもらっているが、競泳はやっていない。リンもハルも真琴もここにはいないし、宗介は肩のことがある。俺一人でも頑張ろう! という気持ちにはなれなかったし、今でもなれない。
『……んだよ。まだそんなこと言ってんのかよ』
電話口の向こうからリンの不機嫌な声。週に一度の近況報告でのこと。
「そんなん言うたって、一人で泳ぐんは寂しいやん。俺リンとかハルみたいに泳がな死んでまう性質でもないし、週に何回かは岩鳶SCでクラゲしてるし」
そういや大阪に転校した時に水泳から離れたのは学校にプールがなかったのも理由の一端ではあるが、仲間と離れたことが大きかった。俺の競泳への情熱はそんなものなのだ。
『世界は?』
「もちろん、応援してる。何なら恋人枠でマネージャーしよか?」
盛大な舌打ちが返された。
『俺はお前と一緒に、世界の舞台に立ちてぇ』
「俺じゃなく、ハルと、やろ?」
『お前とも、だ』
「わがまま」
『るせぇ』
一人で泳ぐのは寂しい。近くに宗介や後輩たちがいるとしても。一人で泳いでいると、どうしてもリンの影を追ってしまう。影を追って、それが幻影だと気付いて、リンが遠く離れた地にいることを思い出す。離れていることを自覚させられる。それがとてもツラい。寂しい。リンは一人で頑張っていることを知ってはいるけれど、俺にはそんな強さはないから……。
「やっぱ俺は、日本から応援してる」
見上げるといくつもの淡い光が瞬いている。今、リンからも同じ星が見えるのだろうか。
『……俺は諦めねぇから』
「ま、それがリンやんな」
どんなに遠く離れていても、空は繋がってる。こうやって、声も届く。だからきっと、この寂しさも、埋めてくれるだろう。その時は――。
Take your marks.
どこか遠くで、スタートの合図が響いた気がした。
to Heart 〜それでも星は二人の上で光る〜