クラゲの皮をかぶった人魚姫

□4Fr.
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 最初からこうしてれば良かったんだ。
 今日俺はプール練がなく自主練ということで、ロードワークついでに岩鳶高へと来た。

「こんちはー。これやるからちょっと間たゆたわせてー」

 校門からプールまで堂々と侵入すれば案外部外者だということはバレなかった。

「え!? ちょ、トモ!?」

「トモちゃん!!」

 マコの胸に手土産を押し付けてから、カバンを放っぽり服を脱ぎ散らかす。水着は着てきた。

「鮫柄名物鮫柄まんじゅうや。味は可もなく不可もなく」

 ゴーグルをつけて、プールに飛び込んだ。

 とにかくたゆたいたい。たゆたいたい。たゆたいたい。好き勝手に泳ぎたい。のんびり潜水していると、隣のコースでハルが並走してきた。ジワジワペースを釣り上げてくる。途中でUターンして回避とかしてみた。今は付き合ってる余裕がない。

 とりあえず満足して仰向けで浮いていると、岩鳶高水泳部のメンバーが集まってきた。プールサイドにマコとナギとコウちゃん、ブーメラン眼鏡君。水の中からハル。

「一体どうしたんだ? トモ」

「わざわざクラゲやりに来たのか?」

 マコとハルが俺の顔を覗き込んで来た。くるりと身体を反転させ、プールサイドに肘を付く。

「そう、クラゲしに来てん。とりあえず勝手させてくれてありがとう」

 ちなみに“クラゲをする”という表現を最初に使い出したのはナギだ。クラゲのようにたゆたうことを指す。

「そんでコウちゃん! 連絡先教えて!! ついでにお前らのも教えて。ホコリ積もった話はその後や!!」

「ついでって……」

「ホコリって……」

 マコとナギが呆れたように笑う横で、コウちゃんに快諾してもらい、帰り際に交換することになった。ミッションコンプリート。

「ねぇトモちゃん。結局どうしてウチでクラゲすることになったの?」

 みんなの視線が集まる。逆に話しづらい雰囲気だ。
 そんな空気を払拭するようにニヘラと笑う。けど、これから話すことを思ったら、その笑顔もすぐに消えた。

「俺が迂闊やってん……」

「トモちゃんが迂闊じゃなかった時ってあったっけ?」

 くそっ、ナギめ。こないだの合同練習の時は超可愛かったのにっ!
 はぁ、と一つため息をこぼす。

「リンにハメられてん……」

「リン?」

 マコのキョトンとした顔は、可愛い。
 うん、と頷いて言葉を続ける。

「コウちゃんの連絡先に釣られた」

「私の、ですか?」

「トモ。それだけじゃ何があったか全然わかんないよ」

 え? そう? ……そうか。ということで、先日リンと勝負になった経緯を話す。

「えっと……私の連絡先に釣られて、お兄ちゃんと勝負したってことですか?」

 コウちゃんが簡潔にまとめてくれる。首肯。

「でもさっき江ちゃんに泣きついたってことは、トモちゃん、リンちゃんに負けちゃったんだね」

 エンジェルナギはどこに行った!? なんか妙にグサグサ刺さる。事実だけども。

「でもそれはクラゲの理由にはならない」

 さっきから水面を行き来してた顔が真横にぬっと生えてきた。……ビビった。普通にビビった。

「……そこで俺の迂闊が発動すんねやんか!!」

 ハルにうるさいと一蹴された。……冷たい。

「そもそも4年もブランクある俺が留学帰りのリンに勝とうとしたことが間違いやったんや」

 いくらコウちゃんの連絡先に目が眩んでいたとしても、あの時のリンの目をちゃんと見てれば、ヤツの思惑に気付けたはずなのに。

「4年ってことは、転校してから泳いでないの?」

「あっちの中学プールなかったからな。競泳どころかクラゲもやってへん」

「……干からびなかったのか?」

「うん? ……あ、あぁ、大丈夫や」

 ハルの質問意味わかんねぇ。

「で、結構本気で頑張ったけどあっさり負けた。それはいいとして、いやよくはないけど。リンの本来の目的は勝負やなくて……」

 ため息をつく代わりに、一度潜って頭を冷やす。水で張り付いた前髪をかき上げて、でもやっぱりため息は出た。

「他の部員に、本気で泳ぐ俺を見せるためやったんや。リンの思惑に気付いてたんか知らんけど、ミコ先輩は愛ちゃんに言うてタイム取らせてるし……。今まで一番ゆっくりな子ぉに合わせて泳いでた俺の努力が水の泡や! ぱぁ!!」

「無駄な努力をしてたんだね、トモちゃん」

 さっきからやたらと棘が多くないか、ナギ。

「お陰で練習はキツなるし、たゆたうんも潜水も全面的に禁止されるし、先輩らの目ぇ怖いし、リンには鼻で笑われるし、愛ちゃんにはキラキラビーム向けられるし、ミコ先輩はウザいし……ん? あ、それは前からか」

「あ! もしかしてミコ先輩って部長さん? アハハ確かにウザそうだよねー」

「エンジェルナギはどこ行ってーん!? さっきから全然可愛くないねんけどっ!?」

「渚くんはいつもこうですよ、“トモちゃん”さん」

 俺の心からの叫びにマコが苦笑いする後ろで、さっきから一言も発さなかった(というか話に入れなかったんだろう。仕方ない、“2度目まして”だし)ブーメラン眼鏡君が赤フレーズの眼鏡を押し上げながら呟いた。

「あぁ、そんな呼ばれ方は新鮮やなぁ」

 でもなんかケンカ売られた気がするので買ってみる。

「そういや調子はどうなん? ブーメラン眼鏡くん?」

「ブっ……」

 勝った。まぁ見たままのネーミングだけど、逆にそれが勝因かも。

「鮫柄2年矢吹友美。4月頭に大阪からこっちに戻ってきたマコハルの幼馴染。マコはともかく、ハルは難しいし、ナギは面倒臭いヤツやけど、これからもこいつらをよろしく。そんでついでに俺もよろしく」

 いつまでも低レベルなことで張り合うつもりはないので、さっくり切り替えて自己紹介。ニッコリ笑顔もサービスだ。なんかハルとナギが抗議してくるが無視。眼鏡君は一瞬キョトンとするが(結構可愛い)すぐに綺麗な笑顔を見せてくれた。

「1年の竜ヶ崎怜です。……よろしくお願いします。……矢吹、さん」

「下の名前でええよ。別にさっきのでもええし」

 そう言うと、“じゃあ、友美、さん、で”とか赤い顔で言われた。ちょっとこっちが照れる。

「やめてよレイちゃん。お見合いカップルみたいで妬けるんだけど」

 それは俺とレイちゃんどっちに妬いてるんだろう? という疑問は飲み込んでおいた。仕切り直して……。

「で、実際のところどうなん? レイちゃん」

「レイちゃ……まぁいいでしょう」

「レイちゃん、浮くことは浮くし、フォームも完璧なんだけどね」

「ブレもバックもダメでしたね……」

「笹部コーチには“お前らが教えてやれ”ってコーチ断られるし……正直お手上げなんだ」

「だから! 僕が泳げない理由はこのブーメラン型水着なんです!」

「……ってことで、明日買いに行くことになったんだ」

 俺の問いにここ数日の流れを説明してくれる岩鳶メンツ。ハルの声がないと思ったら、いつの間にかプールから上がっていて、更衣室へ向かう背中が見えた。

「水着のせいにしてええんか? それ最後の砦やで? それアカンかったら成す術なしやで?」

「大丈夫です! 心配いりません!!」

 アハハハハ、と高らかに笑うレイちゃん。俺、この子に対するイメージガラッと変わってしまったや。

「友美」

 何か色々残念な子だと思いながら、俺もようやくプールから上がる。と、目の前に死んだ目をした黄色い鳥のストラップがブラ下げられた。その手を辿ればハルの顔。

「え、何? この俺の物欲をそそる微妙な可愛さは」

「いわとびちゃん」

 手に取ろうとしたら躱された。右へ、左へ。それを追って、俺の視線も、右へ、左へ。

「友美さんがいわとびちゃんに喰いついた!?」

 ハルの口がわずかに弧を描く。

「勝負してくれたらコレをやる」

「勝負? 俺が勝ったら、やなく?」

 首肯。

「本気で俺と。……リンとやった時みたいに」

 ハルの腕が止まる。俺の視線も、止まる。ハルといわとびちゃんの死んだ目が、俺のそれと交わる。

「俺、勝たれへんよ?」

「いい」

「手加減してや?」

「それは無理。それに無意味」

 真っ直ぐ向けられる視線。そろそろ穴が開きそうだ、とため息を落とす。

「マコ、スタートの合図頼む」

「いわとびちゃんで友美さんが釣れた!?」

「……理論じゃない」

 コウちゃんとレイちゃんが驚いてる後ろで、マコは呆れたように笑った。


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