クラゲの皮をかぶった人魚姫
□3Fr.
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「こら矢吹っ。せめて部活中はたゆたうな! 潜水も禁止だ」
一番端のコースで遊んでいると、ミコ先輩に怒られた。まぁ確かに、真面目に練習している部員に失礼か、と素直にプールから出た。部が終わったら、思う存分たゆたおう。それまではロードワークにでも出てこようかな。
「おいこらトモ! お前いい加減ふざけるのはやめろ」
更衣室へ向かおうとする背中から、リンが怒鳴る。
「ふざけてへんて。俺はたゆたいたいから入部した。至極楽しい部活動してんで?」
振り向きながら言うと、怖い顔をしたリンと目が合った。リンの隣には“もっと言ってやれ”と顔に書いてあるミコ先輩と、キレたリンに焦る愛ちゃん。
「競泳やれっつってんだ、俺は」
「競泳は見てるんが楽しいと思ってる、俺は」
泳ぐことは嫌いじゃないけど。
リンの視線を真っ向から受けるが、俺が彼の眼力に勝てる訳がない。押されっぱなしだ。でも逸らしはしない。それに根負けしたのは意外にもリンだった。大きなため息とともに、見つめ合い終了。これで俺の平和は保たれた。
「おい、友美。俺と勝負だ。勝ったら江の連絡先教えてやる」
え!? マジ? コウちゃんの連絡先ゲットのチャンス!?
「おい、松岡。俺にも教え……」
「部長はスタートの合図お願いします。トモ。フリーの100だ。いいな?」
「わ……わかった」
ちょっとリンの雰囲気にのまれそうになるが、コウちゃんの連絡先がかかっている。のまれている場合ではない。
俺と違って、入部したてでもリンは他の部員から一目置かれている。彼の勇姿を見ようと、コースで練習していた人たちも、プールサイドでストレッチしてた人たちも、みんな注目している。さすがリンだな……。この空気、やりにくい。けど、この緊張感、懐かしい。
キャップとゴーグルを付け、スタート台で大きく深呼吸。
「位置に付いて、よーい」
ミコ先輩の声が静かな館内に響く。鋭いホイッスルの音と共に、俺はプールへ飛び込んだ。