クラゲの皮をかぶった人魚姫

□2Fr.
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「泳ぎに来たんちゃうゆーた割には、ちゃっかり水着着てるやんけ」

 水泳部の備品であるタオルを勝手に失敬して更衣室から戻ると、リンは既に準備万全だった。ここで着替えたとは思えないから、最初から履いていたのだろう。
 持っていたタオルをマコとナギに渡し、ストレッチをしている二人を見てため息を落とした。止めたって無駄だな、この意気じゃ。

「真琴、スタートの合図頼む」
「わかった」

 勝負はフリーの100。リンの眼にもハルの眼にも、真剣な色が滲んでいる。マコの合図で、二人はプールへ飛び込んだ。

「凄い。キック力はリンちゃんが勝ってる」
「いや、ストロークのスピードはハルの方が上」

 ナギとマコが実況チックなことをしている横で、俺はただただ二人の泳ぎに魅了されていた。上から、もしくは水中から、この二人の泳ぎを見たかった。と思っても今更だが。

 呆けていなくても100メートルはあっという間だった。タッチの差でリンの勝利。けど、なかなかの試合だった。
 負けたはずのハルはなぜか清々しい表情。リンにはそれが気に食わなかったようで、胸倉を掴む勢いで、ハルの首元にかけてあるゴーグルを掴んだ。

「リン、やめとけ」

 プールサイドからじゃ声をかけるしか出来ないけど、止めなければ、とリンのゴーグルに手を伸ばす。掴めたと思っても簡単にふり払われ、その拍子にバランスを崩して、落ちた。
 うわ、制服まだ新しいのに……。

「トモ!?」
「トモちゃん!?」

 上から心配そうな声が聞こえてきたので、とりあえずヒラヒラ手を振って大丈夫だということを伝える。そして事故とはいえプールに入ってしまったのだから構うことはない。二人の間に入りハルを解放してから、リンの頭を押さえつけた。これで頭冷えるといいんだが。

「お前らもう帰りぃ。こんなけ騒いだからな。そろそろ見回り来てもおかしないわ」
「ぶっはっ。ハァ、ハァ……何すんだ、友美っ。殺す気かっ!」

 俺の手を逃れたリンが盛大に吠える。あぁもううるさい。耳が痛い。

「こら! お前ら、ここで何してるんだ!?」

 あーあ、見回りが来てしまった。

「クラスと名前は!? そっちはウチの制服じゃないな」

 浮力を使ってプールから上がり、水で貼り付く前髪をかきあげる。

「2Bの矢吹です。あっちは同じクラスの松岡。コイツラは俺が呼び込んだんで、勘弁してやって下さい」
「トモちゃん!?」
「ちっ……違います! 俺たちが勝手に……」
「真琴。いいからハル連れて帰れ。あ、そのタオル置いて行けよ?」

 弁解しようとするマコを、愛称ではなく名前で呼ぶことで諌めた。マコも察してくれたのか、それ以上は何も言わなかった。

*****

 あーあ。結局今回も積もる話出来なかったな。連絡先交換する暇もなかったし。まぁまた機会はあるだろう、とため息をついたところで集中しろ、とさっき見回りに来た教師に怒られた。
 とりあえず帰した三人は、俺が巻き込んだから、という理由で放免。クラスと名前を名乗った俺とリンは、反省文という罰則。着替えさせてもらっただけマシか。リンは逃げるかと思いきや、大人しく席に着いている。少しは後ろめたいらしい。よし、さっさと終わらせて解放してもらおう。もう一度ため息をついて、適当に原稿用紙を埋めていった。
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